「サービス残業は違法だ」。それを知っている人は、たくさんいます。でも、”自分の職場のそれ”が違法だと気づける人は、ぐっと少なくなります。
厚生労働省によれば、令和5年に労働基準監督署が扱った賃金不払事案は21,349件、対象は181,903人。しかもこれは、労基署が把握できた分だけ。申告にすら至らないサービス残業は、この数字の外にもっと広がっています。
当サイトには、サービス残業を理由のひとつに辞めた20人の体験談が集まっています。読み比べてわかったのは、これが「だらしない会社がたまたまやること」ではない、ということ。業界ごとに決まった”型”を持って、静かに温存されている。編集部はそれを、5つの手口に分けて見ていきます。自分の職場がどれに当てはまるか、照らし合わせながら読んでみてください。
そもそも罰則はある。なのに、無くならない
サービス残業とは、決められた時間を超えて働かせながら、割増賃金を払わない状態のこと。労働基準法37条にはっきり違反していて、「6か月以下の懲役または30万円以下の罰金」という罰則まであります。
それでも無くならないのは、罰則が実際にはほとんど発動しないから。現実は労基署の是正勧告どまりで、繰り返して初めて刑事罰の話が出てくる。会社から見れば「やっても大したことにはならない」。この一点が、すべての土台です。
だから会社は、手口を工夫してまで残業代を浮かせにいく。その手口を、20人の体験から5つに分けます。
手口1 タイムカードを「押すな」と言われる
5つの中でいちばん悪質なのが、これです。残業代を請求する出発点は、労働時間の記録。その記録そのものを消してしまえば、被害者は「損をした」という事実すら証明できなくなります。
誰がカードを操作するかは、会社の規模でだいたい決まります。上司が「押すな」と命じる。社員がバイトの分を勝手に切る。オーナーが閉店前に全員分をまとめて押す。そして、いちばん重いのが、被害者本人に押させる型です。
あるパチンコ店の正社員は、現金を扱えるのが店長と本人を含む3人だけで、代わりがいませんでした。開店準備の時期は、退勤の打刻をしてから一人で2000ゲームを打つ。休みの日も夜8時に出て、打刻せずに売上を計算する。残業がつかないよう、自分でタイムカードを調整していたといいます。朝8時から翌朝3時までの生活で、体重は15キロ落ち、客から「倒れそうな顔してる」と言われました。
記録を消される側は、たいてい給料明細を自分で計算したり、同僚にそっと耳打ちされたりして、初めて気づきます。きっかけが外から来ない限り、この手口は何年でも続きます。
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手口2 実際の残業の、2〜3割しか記録されない
手口1が記録を「消す」なら、これは記録を「縮める」手口です。形のうえでは勤怠記録が存在するので、外の監査でも見えにくく、本人も「全部消されたわけじゃない」と、妙に納得してしまう。だから、いちばん長続きします。
ある大手システム開発会社には、社内で「裏帳簿」と呼ばれる仮の勤務表があり、実際の残業の20〜30%しか載りませんでした。新卒で入った男性は、20種類の製品を1人1製品・フォローなしで担当させられ、辞める決定打になったのは、1年上の先輩の突然死でした。
ゼロなら、人は怒れます。でも一部だけ払われていると、「こんなものか」に着地してしまう。この”中途半端な良心”が、異議を申し立てる芽を摘みます。
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手口3 「これは労働時間じゃない」と言われる
就業規則に「始業9時」と書いてあっても、実際の仕事が9時前に始まっていれば、その差はサービス残業です。ところがこの型には、「これは労働時間ではない」という説明が必ずついてきます。
基板ハンダ付け工場の派遣社員は、8時40分のラジオ体操が強制で、9時までの30分が毎朝タダ働きでした。マネージャーは「仕事してるわけじゃないので、カウントされない」と言い切ったそうです。でも、会社が出社時刻を決めて参加を強制している以上、判例ではこれを労働時間と認める例が多い。「仕事じゃない」という主張は、そもそも通らないことがほとんどです。
朝7時出勤を「ルートの都合」とされた医療機器営業も、始業2時間前の洗車と掃除を「基本サービス」とされた自動車ディーラーの新人も、同じ構図でした。「業界の慣行」「新人の雑用」という言葉で正当化される。だから、「労働時間とは何か」を自分で調べられるかどうかが、抜け出せるかの分かれ目になります。
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手口4 裁量労働制が「残業代ゼロ」の口実になる
裁量労働制は本来、仕事の進め方を本人に任せる代わりに、みなし時間で給料を計算する制度です。対象になる仕事は法律で限られていて、「IT業界だから」「年俸制だから」で使えるものではありません。それでも、残業代を払わない口実として運用する現場が、後を絶ちません。
SESで客先常駐していたJAVAエンジニアは、月45〜60時間の残業が常態でも、裁量労働制(年俸制)で残業代はゼロ。年収480万を16分割で受け取り、他社の若手をフォローしても、単価は会社間で決まるので自分の給料には響かない。「夢の中までテスト消化を続けていた」といいます。
怖いのは、賃金だけでなく、時間の感覚まで侵されること。労働が睡眠にまで滲み出しても、「年俸制だから出ないもの」と思い込まされていると、異常が異常のまま認識されません。
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手口5 申請はできる。でも、誰もしない
5つの中でいちばん多く、いちばん気づきにくいのが、これです。タイムカード偽装のような明確な違法ではないので、会社は「制度上は払っている」と言い張れる。でも実際は、残業を申請できない空気ができあがっている。20人のうち11人が、この型でした。申請を止めるブレーキは、大きく3つに分かれます。
上司の威圧と報復で、言えない
会計事務所に入ったある人は、初日から所長の舌打ちと人格否定にさらされ、熱で休もうと電話したら「病院帰りに来れるよね?」と返されました。残業申請どころか、休む権利すら口にできない。
もっとはっきりしているのが、出版社の例です。過去2年分の残業代を請求した同僚が、社内でいちばん過酷な部署へ、すぐに飛ばされた。それを見た大半の社員が、請求を諦めています。報復は、一度見せれば十分なのです。請求した人間が飛ばされる前例を一つ作れば、あとはみんな、自分から権利を手放す。そして、その状態に慣れていく。
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業界ぐるみで、おかしいと思えなくなる
中小の受託開発では、月100時間残業なのに、タイムカードは「45時間まで」で頭打ち。超過分は上司から「自主学習扱いで」と、ふつうに告げられていました。残業に別の名前をつけてしまえば、申請という発想そのものが消えます。
「夢の業界だから」という憧れも、同じ働きをします。憧れの編集プロダクションに入った新卒は、終電帰り・深夜2時就寝・朝は全員での掃除と社訓読み上げ、という毎日を、そういうものだと受け入れていました。月100時間が10年続いた電機メーカーの子会社では、理由はいつも「業績が厳しいから」。人が3年周期で辞め、少人数で回すうちに、誰も残業代を口にしなくなる。
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役職そのものが、申請する権利を奪う
大手小売に新卒で入った人は、1年目で店長を任され、引き継ぎはたった30分。催事ノルマは数百単位で、足りない分は自腹で埋め、店に2日泊まり込んだこともありました。「店長」という肩書きがつくと、会社は残業代の支払い義務から外れられる。その線引きが実態と合っていなくても、現場では肩書きのほうが優先されます。
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「制度上は申請できる」「みんなやってる」「うちは普通」。この3つの言葉が、いちばん多くの人を縛ってきました。明確な違法よりグレーに見えるぶん、この型はしぶとく生き残ります。でも、休む・申請すると口にできない空気こそが、サービス残業の最大の温床です。
業界ごとに、手口は偏っている
20本を業界で束ね直すと、どの手口が根づくかは、業界ではっきり分かれます。
・営業・事務系:上司の威圧と数字至上主義で、申請が事実上できない
・サービス・販売系:「お客様優先」「シフト」「学生バイト」が重なり、タイムカード偽装と役職型が混ざる
・製造・物流系:集団的な拘束の中で、個人の労働時間管理が曖昧になる
・IT・エンジニア系:裁量労働制・年俸制・業界の常態化で、残業そのものが見えなくなる。裏帳簿も「45時間+自主学習」も、月100時間据え置きも、ここに集中していた
・医療・福祉系:資格職・家族経営・派閥と、組織のかたちごとに別の手口が根づく
・出版・編集系:「夢の業界だから我慢して当然」の空気が、長時間労働を正当化する
「あれは普通じゃなかった」と気づくのは、辞めた後
20本を読み終えて最後に残ったのは、ほぼ全員に共通する一言でした。在職中には、ほとんど誰も気づけていない。
医療機器営業だった人は、製造工場に移って初めて、土日完全休・残業代100%・深夜の呼び出しなしが”普通”だと知りました。SESのエンジニアは、別業界に移って、夢の中でテストケースを消化しなくなった。パチンコ店を辞めた人は、「休みがある幸せ」を、初めて知ったといいます。
業界を変えて初めて、「あれは普通じゃなかった」と気づく。これこそ、サービス残業が”文化”として生き延びる最大の理由だと、編集部は受け止めています。在職中は比べる相手がいないから、「どこも同じだ」と思い込んでしまう。
だからこそ、外の世界の実態を知ることが、自分の職場を見直す最初の一歩になります。
自分の職場のことかもしれない、と思った人へ
サービス残業は労働基準法違反です。タイムカード偽装・裏帳簿・無償勤務の強要は明確な違法。固定給や裁量労働制の悪用も、制度の趣旨を外れた運用。合法に見える「申請しにくい風土型」も、実態は労働者の権利が働いていません。
やっかいなのは、それを「自分の職場のことだ」と気づけるかどうかが、本人任せな点です。20人がそろって「辞めた後に気づいた」のは、在職中には比べる相手がなく、おかしさを測る物差しそのものを持てないから。外の基準に一度触れることが、その第一歩になります。一人で抱え込まず、まずは無料の窓口に、状況を言葉にしてみてください。
困った時の選択肢
【自分の職場の残業が「違法かもしれない」と感じている方へ】
未払い残業代の請求は、労働時間の記録が出発点になります。本記事のケースが繰り返し示すように、声を上げた人が飛ばされる職場では、自分から辞めると切り出すこと自体が難しい。会社と直接やり取りせずに退職手続きを進めたいときは、退職代行という選択肢があります(性別を問わず相談できる窓口です)。
→ 会社とやり取りせずに退職を進める|弁護士法人ガイア法律事務所
そのほか、状況に合わせて選べる窓口を挙げておきます。
・「どこも同じだ」という思い込みを外したい・他業界の働き方や年収・口コミを具体的に知りたい方は
・残業が続いて心身がすり減っていると感じる方は、抱え込む前に、自分の気持ちを整理するセルフケアから
→ 心のAIパートナー【Awarefy】(自己理解・セルフケアアプリ)
公的な窓口としては、労働基準監督署(賃金不払い・違法残業の申告)、総合労働相談コーナー(厚生労働省・あらゆる労働問題)、法テラス(法的トラブルの相談)が、いずれも無料で相談に乗ってくれます。
残業や働き方のルールを、まず一冊で押さえておくのもおすすめです。気になった一冊を、まず無料で試す方法もあります。
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