「定時で帰らせてもらえませんか」と上司にお願いした次の日から、未婚の女性上司から毎日のように嫌味を浴びせられるようになりました。1歳の子どもを保育園に迎えに行くため、休日出勤を増やしてでも平日は早く帰りたかった。それだけでした。
これはIT企業のプログラマーとして働いていた私が、2度のパワハラを乗り越えて、子どもの頃の夢だった保育士にたどり着くまでの話です。
プログラマーは私にとって「天職」だった
理系の大学を卒業した私が選んだのは、第一希望のプログラマー職でした。
学校を卒業したらもう勉強は終わりだと思っていたのに、現場に出てみると毎日が新しい知識との戦いです。それでも当時は本当に充実していました。自分が書いたコードが動く瞬間、ユーザーの手に届く瞬間の達成感は、何ものにも代えがたいものでした。
「これが私の天職だ」
入社して数年は、迷いなくそう思えていたのです。
独り立ち後に始まった終電と土日出勤の地獄
ところが、ひとり立ちしてから状況が一変しました。
毎日の帰りは終電、土日も出勤が当たり前。会社は裁量労働制を採用していたので、どれだけ働いても給料はほとんど変わりません。納期が近づくと、深夜2時、3時まで会社に残るのも珍しくありませんでした。
好きで始めたプログラミングの仕事が、いつしか苦痛に変わっていました。それでも当時は「IT業界はこういうもの」「ここで諦めたら負け」と自分を奮い立たせて、なんとか働き続けていたのです。
結婚・出産後、育休復帰で待っていた現実
学生時代から付き合っていた彼と結婚し、子どもにも恵まれました。産休と育休は最低限保証されていましたが、私が住んでいた地域は保育園の入所が非常に厳しい地域でした。子どもが1歳になるのを待たずに、4月の区切りで職場復帰することにしたのです。
復帰後の時短勤務は、子どもの誕生日の6月までという条件付き。それを過ぎたら定時勤務に戻り、案の定、復帰前と同じように残業が続く日々が始まりました。
子どもは毎日、保育園の閉園ぎりぎりのお迎え。最後のひとりになっていることもしばしばで、保育士さんに申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
「定時で帰らせてください」と言った日から始まった嫌味
さすがに子どもがかわいそうになり、私は意を決して上司に相談しました。
「休日出勤を増やしますので、平日は定時で帰らせてもらえませんか」
そう告げた次の日から、毎日のように未婚の女性上司から嫌味を言われるようになりました。
「子どもがいる人はいいよね、好きなときに帰れて」
「私たちは独身だから残業して当然なんですよね」
直接的な暴言ではありません。でも毎日浴びせられる言葉は、確実に私の心を削っていきました。
そしてある日、限界を迎えて退職を決意します。あれほど好きだったプログラミングの仕事が、思い出すだけで胸が苦しくなるものに変わってしまったのです。
退職して気づいた「再就職の壁」
退職届はあっさり受理されました。子どもの体調不良で休むことが多かったし、また子どもを生むかもしれないと思われていたのかもしれません。今振り返ると、上司の嫌味は遠回しな肩たたきだったのかもとさえ思います。
しかし退職してから現実が襲ってきました。子どもを保育園に通わせ続けるためには、すぐに次の仕事を見つけなければなりません。経済的にも厳しい状況でした。
私はあらゆる転職サイトに登録し、必死に転職活動を続けました。利用したサービスは以下の通りです。
・BIZREACH
・リクナビNEXT
・doda
・リクルートエージェント
・マイナビエージェント
それでも1歳の子どもがいるという事実は、企業にとって大きなハードルでした。書類選考は通っても、面接で「お子さんがいらっしゃるんですね」と言われた瞬間に空気が変わるのを何度も経験しました。
最終的にハローワークに相談し、近所の保育園のパートとして働くことに決めたのです。
転職活動せずに退職してハローワーク経由で再就職にたどり着いた体験談は、こちらの記事に詳しく書かれています。月80時間以上の残業から退職した女性のリアル体験談です。
転職活動せずに退職した私が再就職するまで|月80時間残業からの脱出体験談
保育園パートを選んだ理由は「子どもの頃の夢」
毎日子どもを保育園に送り届けているうちに、ふと子どもの頃の夢が頭をよぎりました。
「将来の夢は、保育園の先生」
幼稚園や小学校の文集に何度も書いた言葉でした。すっかり忘れていたのに、毎日保育園に通ううちに記憶の奥から浮かび上がってきたのです。
「どうせならやってみたいことにチャレンジしてみよう」
そう思って保育園パートを選びました。正直、パートだから気楽だろうという気持ちも少なからずありました。
待っていたのはプログラマー時代を超えるパワハラ
しかし保育園での現実は、想像をはるかに超えるものでした。
私を待っていたのは、プログラマー時代よりもさらにひどいパワハラだったのです。
毎日の業務は雑用、雑用、また雑用。子どもたちと関わりたくて飛び込んだ世界なのに、子どもに近づくたびに「これやっておいて」「あれもお願い」と新しい仕事を頼まれる日々でした。
そして保育士資格を持っていない私は、時給が正社員保育士の半分以下しかありませんでした。同じ時間働いても、同じ空間で過ごしても、評価はまったく違います。
「無資格パート」という肩書きが、これほど重いものだとは思っていませんでした。
保育園内での職種による給料格差や下に見られる構造については、こちらの記事に詳しく書かれています。保育園の管理栄養士として6年働いた女性が、保育士>栄養士の身分差を体感したリアル体験談です。
保育園の管理栄養士6年で限界|保育士に下に見られた給料格差と人間関係の闇
同期との出会いが転機になった
そんな中、私より少し早く同じ職場に入った女性と仲良くなりました。話してみると、彼女もIT業界から保育業界に転職してきた経歴の持ち主でした。
「働きながら保育士資格を取ったよ。あなたも絶対取った方がいい」
彼女はそう言って、保育士試験の勉強の仕方を教えてくれ、自分が使った問題集と参考書まで譲ってくれました。
不思議なものです。プログラマー時代もパワハラを受けて辞め、保育園パートでもパワハラを受けている私に、こんな形で道を示してくれる人が現れるなんて。
苦しい状況の中にも、必ず光は差し込んでいました。
育児の合間で勉強、2回目で合格
保育士試験は10科目すべてで6割以上を取れば合格という仕組みです。私は1回目では一部科目を落としてしまい、2回目のチャレンジで全科目をクリアしました。
実技試験のピアノと色鉛筆画の練習は本当に大変でした。子どもが寝た後の深夜にピアノを練習する時間は限られていましたし、色鉛筆画は何枚も何枚も描き直しました。
それでも合格通知を受け取った瞬間、これまでの苦労がすべて報われた気がしたのです。
現在は2歳児クラスの担任として
合格後、同じ職場で正社員の保育士として働き始めました。今は2歳児クラスの担任です。
雑用ばかり押し付けてきた先輩保育士とも、今は対等に働ける立場になりました。資格という客観的な評価軸があると、職場での扱いがここまで変わるのかと驚いたほどです。
子どもと関わる仕事は本当に楽しい。毎日、子どもたちと一緒に自分も成長している感覚があります。
振り返って思うこと
まさか自分が、子どもの頃からの夢だった職業に、こんな形でたどり着くとは思いませんでした。潜在意識のどこかに保育士になりたい気持ちが残っていたのかもしれません。
プログラマーの仕事がつまらなかったわけではありません。当時はあれが間違いなく自分の天職でした。今もあのときの達成感を忘れていません。
「もし自由にどちらか選べるなら、どちらを選ぶ?」
そう聞かれても、はっきり答えられません。体が2つあったらどちらもやりたい、というのが正直な気持ちです。
パワハラを2度経験して転職し、再就職先でもパワハラを受け、それでも資格試験にチャレンジして合格できた。すべての経験が、今の私につながっていると思っています。
これから先、何が起こるかは分かりません。でもさまざまな人との出会いや、正の働きかけ・負の働きかけが、必ず自分の人生をいい方向に導いてくれる。そう確信できるようになったことが、何よりの財産です。

