10年以上立ち続けた教壇を、私は降りました。
最後の決め手になったのは、授業でも部活でもモンペでもなくて。学校が「いじめなんて無かった」ことにしようとした、あの瞬間でした。
「先生になりたい」。
ただそれだけの淡い気持ちで、18歳の私は教育学部を選びました。
でも実際に働いてみたら、子どもと向き合う時間より、それ以外のことのほうがずっと多かったんです。
この記事では、10年見てきた教育現場のリアルと、辞めると決めた本当の理由を、できるだけそのまま書きます。これから教師を目指す人にも、いま疲れ切っている先生にも、何かの判断材料になればと思っています。
📌 体験者プロフィール
・性別:女性
・業界・職種:中学校教師
・雇用形態:正社員
・在籍期間:10年以上
・退職状況:退職済み(現在は専業主婦・地域ボランティアで子どもと関わる活動を継続)
・体験形態:実体験ベース
※プライバシー保護のため、個人が特定されない範囲で仮名化・一部詳細を変更しています。
教師を志した理由と、現実とのギャップ
教育学部を選んだのは、大学受験のとき。
当時18歳で、人生経験なんてほとんどなかったのに、「子どもに何かを教えたい」「成長期の子と一緒に人生を考えたい」って、その淡い思いだけで進路を決めてしまいました。
中学校の先生になりたい。その憧れは、確かにあったんです。
でも、いざ教壇に立って思い知ったのは——「教える」以外の仕事が、想像以上に多いということでした。
就業規則のきちんと整ったホワイト企業に入ったつもりが、ふたを開けたら過酷なブラック企業だった。感覚としては、それに近いかもしれません。
授業準備、生徒指導、保護者対応、事務作業、部活動。「子どもと向き合う時間」は、思っていたよりずっと少なかった。
ここからは、私が現場で直面した「ブラックな部分」を、具体的に書いていきます。
強制される部活動の顧問
新人教師が最初にぶつかる壁。それが、部活動の顧問でした。
新人は半ば強制的に、空いている部活へ割り振られます。経験者かどうかなんて関係ない。私も、やったこともない競技の顧問になりました。
仕事は、数えだすときりがないんです。練習に同行して、対外試合に引率して、試合の段取りを組んで、予算を管理して。OB会と連絡を取り合い、春と夏は合宿を企画して、宿舎や体育館を押さえて、用具の管理まで。
全部、授業の合間や放課後、それに土日に降ってきます。しかもチームが勝ち上がるほど、その負担は終わらない。
数年前から「部活動指導員の外注化」が進んでいると聞きます。これは本当に、いい流れだと思う。私が現役のころにこの制度があったら、もう少し続けられていたのかもしれません。
進路指導という名の精神戦
進路指導も、教師の心をすり減らす大きな要因でした。
生徒一人ひとり、成績も能力も当然ちがいます。本来なら、その時点の実力に見合った進学先を勧めるのが、いちばん理にかなった指導のはずなんです。
でも、現実はそうじゃない。
実力以上を望む生徒。子どもに過度な期待をかける親。その折衝が、何度も何度も繰り返されます。
「うちの子はもっとできるはず」
「先生の指導が悪いんじゃないですか」
「あの高校に絶対入れたいんです」
進学先がその子の人生を左右するのは確かだから、親が必死になる気持ちはわかります。
ただ、毎年、毎学期、同じやり取りを繰り返していると——心も体も、確実にすり減っていきました。
モンスターペアレントとの攻防
教師のエネルギーをいちばん奪うのが、いわゆるモンスターペアレントへの対応でした。
商業施設のクレーマーに似ています。正論が通じない。自分だけが正しいという思考から、一歩も動かない。しかも親というのは、教師に対していちばん強い立場にいるんです。
こちらが正論で返そうものなら、揚げ足を取られて延々と責められます。「子どもの前で大人げない」って。子どもが恥をかいていることにも気づかないまま、感情のままぶつけてくる。
私が実際に経験したケースを、いくつか挙げてみます。
・「うちの子だけ宿題が多い、差別だ」と訴えてきた親
・子ども同士のささいなケンカを「いじめだ」と騒ぎ立てる親
・成績が悪いのを、ぜんぶ担任のせいにしてくる親
・部活で試合に出られないことに、毎週クレームを入れてくる親
こういう対応に追われていると、本来やるべき「授業の準備」や「子どもと向き合う時間」が、どんどん削られていく。
残業代が存在しない労働環境
教師という仕事は、残業っていう概念がそもそも崩壊している世界です。
朝は7時半過ぎには学校に着いて、登校してくる生徒を見守る。授業が終わっても、部活、会議、生徒指導、保護者対応、事務処理、テストの採点、授業準備。気づけば帰宅が22時を過ぎている日も、珍しくありませんでした。
しかも、これだけ働いても残業代はほぼ出ない。
教員には「教職調整額」という名目で、給与に数パーセントが上乗せされているだけ。実態としては、サービス残業の塊なんです。土日も部活の引率や練習で出ることが多くて、本当の意味で休めた日は、ほとんどなかった気がします。
関連記事:田舎公立中学校2年で退職|1日14時間労働とお酌強制の地方ブラック実態
それでも10年続けられた理由
それでも、10年以上は続けられました。
続けるには、ある種の割り切りが要ったんです。教師の仕事を例えるなら、こんな感じでしょうか。
・同じ方向を向いていない集団を、どうにかこうにか前へ向かせる調教師
・文句しか言ってこないクレームの受付係
・申請しても認められないサービス残業を、当たり前とする会社の社員
学年主任、教頭、校長へと上がっていく先生は、このバランス感覚を絶妙に取れる人たちでした。新人時代の青臭い理想だけじゃ、教師は続けられない。かといって、全部あきらめて事務的にこなすだけなら、教師でいる意味がない。
「いい先生」と呼ばれる人は、その微妙なバランスを保ちながら、教壇に立って、行事を率いて、保護者と向き合っていました。
その対価として返ってくるのが、生徒たちのキラキラした目と、何人かの子の、はっきりとした成長。それは確かに、何物にも代えがたい喜びでした。
教職を離れた本当の理由——いじめを「無かったこと」にする組織
ここまでいろいろ書いてきましたが。私が最終的に教職を離れた、決定的な理由は別のところにありました。
日本の学校なら、どこにでもある——「いじめを隠す体質」です。
校長や教頭にとっては、対外的に「いじめは存在しない」状態が望ましい。いじめがあると認めた瞬間、自分たちの管理責任が問われるからです。だから認めない。見て見ぬふりをする。報告を上げない。それが、暗黙のルールになっていました。
私のいた学校でも、明らかなクラス内のいじめが発覚したことがありました。被害生徒の親が訴えて、外にも知れ渡る状況になって。それでも校長と教頭は、最後まで責任を取ろうとしませんでした。
「いじめはあってはならない」という建前を盾にして、現場の教師に責任を押しつける形で、事を収めようとしたんです。
このとき、心の底から嫌気がさしました。
子どもを守るべき立場の人間が、子どもを守らず、自分の立場を守る。そんな組織で働き続けることに、もう意味を見いだせなくなっていました。
同じ思いを抱えていた男性教師が、一人いました。彼は私と前後して学校を辞めて、地元の進学塾の講師に転職しました。今でもときどき会いますが、生き生きと受験生に数学を教えています。「やっと、本当にやりたかった仕事ができてる」って。
関連記事:中高一貫私立から予備校講師に転職した話|部活地獄を抜けて教えることに集中できた
辞めて専業主婦になって気づいたこと
私の場合、退職と同時に収入はゼロになりました。夫の理解もあって、いったん専業主婦として家に入る道を選びました。
辞めた直後の感覚は、今でも忘れられません。憑き物が落ちたみたいに、心が軽くなったんです。
朝起きて、モンペからの電話に怯えなくていい。夜中まで部活の運営や保護者対応に追われなくていい。週末を、自分の時間として使える。家族とゆっくりご飯を食べられる。
当たり前の生活が、こんなにも幸せなものだったのか。今さらのように、気づかされました。
ただ、子どもと関わりたいという気持ちは消えませんでした。今は地域のボランティアなんかを通じて、子どもたちと接する機会を持つようにしています。給料は出ません。でも、純粋に「子どもと関わる喜び」だけを感じられる時間です。
これがきっと、私が本当に求めていたものだったのかもしれません。
関連記事:大学教員の闇|業績主義・派閥・モンペで限界きて専業主婦になった話
これから教師を目指す人へ
教師という仕事は、確かに尊い仕事です。子どもの成長を間近で見守って、その人生に影響を与えられる。そんな職業は、そう多くありません。
でも、教育現場の労働環境は、決して理想的なものじゃない。
サービス残業、モンスターペアレント、いじめを隠す体質。どれも、個人の努力だけでは変えにくいものでした。
これから教師を目指す方には、ぜひ一度、現役の先生にリアルな話を聞いてほしいと思います。理想だけでこの仕事を選ぶと、私みたいに途中で辞めることになりかねないから。
そして、今まさに心身ともに限界を感じている先生へ。
教師を辞めることは、決して「逃げ」じゃありません。子どもを守れない組織にい続けるより、別の場所で自分らしく生きるほうが、よっぽど健全な選択だと——私は、心からそう思っています。
教員を続けることに、限界を感じている人へ
この人を最後に教職から離れさせたのは、長時間労働でもモンスターペアレントでもなく、学校がいじめを「無かったこと」にしようとしたことでした。
管理責任を避けたい組織のしわ寄せは子どもにいちばん近い担任に集まり、個人が頑張っても、仕組みが変わらないかぎり消えません。
教員を離れても教育に関わる道は残っています。一人で抱え込まず、下記の窓口に状況を言葉にするところから始めてみてください。
困った時の選択肢
【学校と直接やり取りせず辞めたい方へ】
強い引き止めに遭っている、もう職員室で話を切り出す気力もない——そんなときは、教員や公務員の退職実績が多い弁護士の退職代行という選択肢があります。学校とのやり取りを代わりに引き受けてもらえます。
→ 弁護士法人ガイアの退職代行(教員・公務員の退職実績あり)
そのほか、状況に合わせて選べる窓口を挙げておきます。
・辞めるかどうか自体を迷っている、まず自分の気持ちと方向性を整理したい方は、転職を前提にせず話を聞いてもらうところから(20〜30代向け)
→ キャリート(自己分析・自分らしい働き方のキャリア相談)
・教壇を離れて別の働き方も考えたい方は、まず話を聞いてもらうだけでも(対応エリアの方は、年収や働き方の改善も含めて相談できます)
→ type女性の転職エージェント(20〜40代女性の転職・働き方改善)
・辞める前に、他業界の働き方や口コミ・年収を調べて比べておきたい方は
→ ワンキャリア転職(口コミ・選考体験談で他業界を知る)
・心身が限界に近いと感じる方は、抱え込む前に、自分の気持ちを整理するセルフケアから
→ 心のAIパートナー【Awarefy】(自己理解・セルフケアアプリ)
公的な窓口としては、総合労働相談コーナー(厚生労働省)や、よりそいホットライン(0120-279-338)が無料で相談に乗ってくれます。
働き方や教育のことを、まず一冊から考え直したいときは、無料で試す方法もあります。
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夜遅くまで採点や授業準備に向き合った日は、目の奥の疲れがなかなか抜けない。短い時間でも目元を温めて一日を区切るために、ホットアイマスクを枕元に置いている人もいます。
