私立高校の非正規教員10年で辞めた話|テスト1人19回・常勤試験3連敗の地獄

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私立高校で10年間、非正規の教員として働いていました。

常勤講師、非常勤講師、派遣講師。雇用形態は変わっても、いつも「正社員ではない」立場で、4つの学校を渡り歩きました。10年やって、結局正規教員にはなれずに教員という仕事を辞めることになります。

これから書くのは、そんな私立高校の非正規教員のリアルです。最下位コース3学年を1人で担当させられた地獄、何度受けても受からなかった常勤試験、派遣切り。すべて実際に体験したことを正直に書いていきます。

教員を目指している人、すでに非正規で働いていて辛い人に、何かのヒントになれば嬉しいです。

1校目:最下位コース3学年を1人で押し付けられた地獄

最初に着任したのは、関東の私立高校A校。常勤講師という肩書で、業務内容はほぼ正社員と同じでした。大学を卒業してすぐだったので、まだまだ未熟で先輩からの指摘も多かったのを覚えています。

ここで2年間働いたのですが、本当に辛かったのは2年目でした。

私立高校というのは、進学実績を上げるために学力別のコース制を取っているところが多いんです。「特別進学コース」みたいな名前を聞いたことがある人もいると思います。A校でも4つのコースに分かれていて、上位2〜3コースはクラス数が多く、下のコースほど少ないという構成でした。

問題は、私が担当することになった最下位コースです。

このコースは1〜2クラスしかなく、しかも他のベテラン教員が誰も持ちたがらない。結果、3学年すべてを私1人で担当することになりました。

「我々は持ちたくないから、1人でよろしくね」

直接そう言われたわけではないんですが、職員室の空気は明らかにそう言っていました。新人の私には拒否権なんてありません。

定期テスト1人19回作成という狂気

最下位コースを担当すること自体は、教育的にはむしろやりがいがあります。教えたことをすぐ理解できる生徒ばかりじゃないので、工夫の余地があり、自分の教務力も上がるからです。

問題は、1人で担当することの物理的な負担でした。

特にきつかったのが定期テスト作成です。

普通の私立高校では、同じ学年・教科を担当する教員が分担して作ります。例えば3人で担当していて、年5回テストがあるなら、2回・2回・1回みたいに分担する。

でも私の場合、3学年すべてのテストを1人で作ることになりました。

その年、私が作った定期テストの回数は——19回です。

ちなみに、その学校で2番目にテスト作成回数が多かった先生は9回。倍以上の差があります。

テストを作るって、簡単に聞こえるかもしれませんが、めちゃくちゃ重労働なんです。問題を考えて、解答を作って、配点を決めて、印刷用の体裁を整えて、解答用紙も作って。1回のテストで丸2日くらい潰れます。

19回 × 2日 = 38日。1年のうち1ヶ月以上をテスト作成だけに費やした計算です。

授業崩壊との戦い

授業も大変でした。

最下位コースなので、当然ながら授業を真面目に聞かない生徒が多い。寝る、喋る、スマホをいじる、教室を出ていく。何度怒ったかもう覚えていません。

「来年もまた1人で最下位コース全学年を担当させられたらどうしよう」

そう考えるだけで吐き気がしました。実際、その兆候はありました。職員室の空気感的に、来年もこの体制が続きそうな雰囲気だったんです。

精神的に限界を感じて、その年で辞めることを決めました。

最後の出社日、心の底から「もうここに来なくていいんだ」とホッとしたのを今でも覚えています。あれが私の人生で一番嬉しかった「最終出社日」かもしれません。

2校目:常勤試験に3年連続で落ち続けた絶望

次に着任したのは、同じ県内の別の私立高校B校。今度は非常勤講師として働き始めました。

「非常勤講師では生活できないのでは?」という声を聞くこともありますが、私の場合は給料がそれなりに出たので、生活面の心配は全くありませんでした。

入って1〜2年は、非常勤でゆったりやろうと思っていました。3年目から正社員(常勤)を目指して動こうと考えていたんです。

B校には、非常勤から常勤にステップアップする社内試験のシステムがありました。私もこの試験を受けることにしました。

結果:着任2年目、3年目、4年目と3年連続で不合格。

しかも、私の後に入ってきた非常勤講師たちが先に常勤になっていきます。後輩に追い抜かれていく感覚は、想像以上に堪えました。

「自分の何がダメなんだろう」 「いつまでこの状態を続ければいいんだろう」 「同期はもう正社員で結婚もしているのに」

考えれば考えるほど病みます。このままでは精神的に持たないと判断して、4年目で退職を決めました。

3校目:習熟度別授業という名の偽物

実家に戻ることにして、地元の私立高校C校に非常勤講師として着任しました。

C校でも常勤にはなれず、契約満了で終わりました。偏差値はあまり高くなく、A校に比べればまだまともでしたが、授業態度の悪い生徒もそれなりにいる学校でした。

ここで一番辛かったのが習熟度別授業です。

聞こえはいいんですよ、習熟度別授業って。「成績でクラスを分けて、その生徒に合った指導をする」と言われると、合理的な仕組みに思えます。

でも実態は違いました。

ただ上下2分割してクラスを組み直すだけ。しかも、テストは全クラス同じ問題を受けるので、結局同じ内容を教えなくてはなりません。習熟度別の意味がほぼゼロでした。

むしろ、上下分けたことで成績の格差は広がりました。下のクラスは「自分は下だ」というレッテルを意識して、ますますやる気を失う。上のクラスはそこそこ頑張る。結果、二極化が進むばかり。

今でも私は、習熟度別授業は学力を下げる最高の授業法だと思っています。教育的な意味がほぼないのに、学校側は「うちは習熟度別をやっています」と謳いたいだけ。形だけの教育改革の典型例でした。

4校目:派遣切りで終わった1年

4校目のD校は、派遣会社経由で派遣講師として働きました。

D校は1校目と同じくコース制で、4つのコースに分かれていました。ここで初めて、私は上位コースも担当することになります。

このとき気づいたのは、コースによって授業内容が全く違うということです。

最下位コースの3年生に教えていたのは、ほぼ「算数」レベルの内容でした。これは決してレベルを低くしているわけではありません。就職する生徒が多いコースだったので、就職試験に対応した内容を扱う必要があったんです。

実際、この「算数」を教えた3年生たちは、本当にいい生徒が多くて楽しく授業ができました。

このとき強く感じたのが、生徒に見合った適切な教材を選ぶことの重要性です。変に難しい問題をやらせると、生徒は混乱するだけで、むしろ学力が下がります。

これが10年の教員生活で得た、私にとって一番大きな真理です。

ただ、そんな手応えを感じていたD校でも、私の運命は1年で終わります。派遣切りでした。

教員を辞めて、今は学習塾で

D校を派遣切りされたあと、派遣会社の人が「学習塾なら人手不足ですよ」と紹介してくれて、学習塾で働き始めました。

数年働いて、今年の4月からは別の学習塾でほぼ正社員(1年目は契約社員、待遇はほぼ同じ)として働けるようになりました。

10年の高校教員生活は、決して楽ではありませんでした。それでも、なんとか生活はできていた。それだけは良かったと思っています。

学校教員から別の教育機関へ転職した道は、学習塾以外にも選択肢があります。中高一貫私立から予備校講師へと転職した元教員の体験談も、こちらの記事で紹介しています。 中高一貫私立から予備校講師に転職した話|部活地獄を抜けて教えることに集中できた

教員を目指している人へ

最後に、私の経験から正直に言わせてもらいたいことがあります。

教員、特に私立高校の非正規教員は、なるもんじゃないです。

これは私の本心です。

正規になれないまま何年も非常勤や派遣で働き続ける人がたくさんいます。私もその1人でした。常勤試験を受けても受からない、派遣切りに怯える、責任は正社員と同じなのに待遇は全然違う。

教員という仕事自体は、生徒との関わりも含めてやりがいはあります。でも、非正規というポジションでこの仕事を続けることは、本当に消耗します。

これから教員を目指す人は、最初から正規採用を狙うか、それが難しいなら早い段階で別のキャリアを考えることをおすすめします。

10年費やした私が言うので、間違いないです。

非正規という働き方の苦しさは、私立高校に限った話ではありません。大学の実習助手として6年勤め、任期制・サビ残・年収400万円の現実を経験した方の体験談には、大学非正規ならではの構造的な問題が綴られていて、教育業界全体の非正規問題を別角度から知ることができます。

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