『先生は非常勤講師だから、一年でいなくなるんでしょう?』
中学校の授業終わり、ふいに生徒から投げられた一言に、私は何も言い返せなかった。
これは公立中学校で非常勤講師として働いた、私の数年間の話だ。教師には変わりがないけれど、コマ単位で時給が出る働き方。生徒の前では「先生」と呼ばれながら、教諭からは「あなたは正規ではないんだから」と扱われる、その曖昧な立ち位置の現実をここに書いておきたい。
📌 体験者プロフィール
・年代・性別:30代・非公開
・職業・業種:公立中学校の非常勤講師
・在籍期間:約2年
・当時の立場:非常勤講師(教科担当・コマ給与制)
※プライバシー保護のため、固有名詞や一部詳細は変更しています。
県と市で別々に出る、コマ単位の給与
非常勤講師の給料は、時給で換算するとだいたい2000円から3000円の間。自治体によって幅があり、私が勤めていた地域では、県から出るコマ数と市から出るコマ数に分かれていた。
市から出るほうは時給が高い代わりに交通費は出ず、県から出るほうは時給が安いけれど交通費が支給される、という二段構えだった。給与明細も県と市で別々に発行されていて、毎月2枚の紙が手元に届く。同じ学校で同じ生徒に同じ教科を教えているのに、私の給料は2つの財布から出ているのだ。
そして長期休暇は、まるまる仕事がなくなる。夏休み・冬休み・春休みは授業がないので給料はゼロ。土日休みのパートタイマーを想像する人もいるかもしれないけれど、年間を通じてみればパートよりも「年俸契約制を月割りで受け取っている」イメージのほうが近い。教えたコマ数だけが、お金になる。
部活なしの「授業だけ」という働き方
仕事内容は基本的に授業のみ。自分が受け持ったコマの分だけ給与が出るので、空いている時間は給料が発生しない。自治体によっては教材研究の時間も給与に組み込んでくれることもあるけれど、これも地域による。
部活動の顧問はやらなくていいので、土日が確実に休めるのは大きい。「部活を見ずに授業だけ教えたい」という人にとって、非常勤講師は理想的な働き方だと思う。
ただし、それは裏返せば「学校生活全体を担う立場ではない」ということでもある。授業が終わればさっと帰る。それが本来の働き方なのだ、と頭ではわかっていても、後で書く生徒との関係の話につながる複雑さがあった。
「非常勤講師なのだからわきまえろ」と生徒の前で叱責された
教諭との関係は、はっきり言って学校による。非常勤講師は教員採用試験に合格していない人間がなっているか、あるいは教諭をやめた人がなる立場だ。だから教諭の人間性によって、見下されたりバカにされたりすることが普通にある。
私が経験した中で一番きつかったのは、ある教諭から生徒の目の前で『非常勤講師なのだからわきまえろ』と言わんばかりの叱責を受けたことだ。生徒たちの視線を浴びながら、私は黙って頭を下げるしかなかった。
別の場面では、担任の教諭が目をかけていた生徒が私になついた時、その教諭から『あまり仲良くしないでください』と嫉妬や嫌味に近い言葉を投げられた。生徒からすれば私はただの「教科の先生」のひとりなのに、教諭側からは「身分をわきまえないやつ」と見られていた。
正社員の中にパート社員や派遣社員を見下す人がいるのと、構造としては同じだと何度も思った。場所が学校というだけで、起きていることは普通の会社と変わらない。
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仲良くしてくれた教諭もたしかにいた
一方で、非常勤講師を経て教諭になった先生は、私にも普通に接してくれた。始業式の日に食事を奢ってくれたり、飲み会に誘ってくれたり、教科の打ち合わせのときも「これどう思います?」と対等に意見を聞いてくれたりした。
教諭の中にも、自分が来た道を覚えている人はいる。だからこそ余計に、最初のような教諭との差を強く感じた。「学校による」というより「人による」というのが正確で、これも結局、普通の会社と変わらない景色なのだと思う。
授業だけで帰る派と、給食まで通う派
非常勤講師にはタイプが分かれる。年間契約で学年運営にかかわらないので、教科だけに重点を置いてさっさと帰る派。そして、給料が出ない時間まで使って生徒と関わる派。
私はどちらかというと後者だった。授業時間外に生徒と喋ったり、給食の時間に教室まで足を運んで一緒に食べたり、よく話していた。授業を教えるだけならコマ単位で十分なのに、なぜそうしていたかというと、生徒との関係が薄いままだと授業もうまく回らないからだ。
「ここまでやって時給は変わらないのか」と思うこともあったけれど、教えるという仕事は人間関係の上にしか成立しないと、私はそのとき本気で思っていた。
修学旅行も体育会も、私はいない
ただ、どんなに生徒と仲良くなっても、修学旅行には一緒に行けない。学校によっては体育会も文化祭も蚊帳の外で、生徒たちの大きな思い出の場面に、私はいない。
普段の教室で「先生」と呼ばれていても、学校行事の名簿には私の名前が載らないことが多い。当然のこととしてシフトを組まれているのに、その当然の中に自分が含まれていない感覚は、じわじわと効いてくる。
「生徒としっかり信頼関係を築きたい」という人には、この働き方は向いていないと思う。1年後にはこの学校から離れる前提で組み上げられている関係性は、深まりすぎると別れがきつい。
生徒は教師が考えるよりずっと多くを見ている
少し本筋から外れるけれど、ひとつ書いておきたいことがある。生徒は、教師が考えるよりも多くを知っていて、多くを考えている。
非常勤講師と教諭の違いを、普通の先生たちは隠したがる。けれど生徒のほうは、よく知っていた。冒頭に書いた『先生は非常勤講師だから、一年でいなくなるんでしょう?』というセリフも、別に私を傷つけたかったのではなく、ただ事実として知っていただけだ。
そして先生同士がいがみ合っているときは、生徒はそれを見抜いて野次馬根性で話を聞きに来る。「あの先生、◯◯先生のこと嫌いなんでしょ?」と聞いてくる中学生に、私は何度も「鋭いなぁ」と思った。子どもゆえとバカにできない。むしろ、私たちのほうがよく見られている。
賃金は年ごとに変わり、教諭になっても休みはない
辞めようと決めた理由のひとつは、まず単純に不安定さだ。教員不足で登録すればすぐ仕事が入ってくる、というのは確かにそうなのだけれど、その内訳はコマ数も時給も年ごとに変わってしまうことが多くて、賃金の変動が激しい。
しかも、たとえこのまま頑張って教諭になれたとしても、部活動で確実に土日が潰れる。夜は以前より早く帰れるようになったらしいけれど、荒れた学校や難しいクラスに飛ばされてしまえば、自分の時間は保証されない。お金はその分もらえるかもしれないけれど、使う時間がないお金を手に入れてもなぁ、と思った。これが教諭になった先に待っている景色なら、なる意味はあるのだろうか。
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生徒に差別を教える教諭が、非正規を差別している矛盾
そしてもうひとつ、退職を決めた決定打は、目標にしていた教諭の裏の顔をたくさん見てしまったことだ。たまたま派遣された学校が悪かっただけかもしれないけれど、少なくとも非正規雇用を見下し、差別する教諭がそこには確かにいた。
その先生が、教室では『差別はいけないことです』と生徒に教えている。
この矛盾を、私はどうしても飲み込めなかった。
教える側の人間がこれをやっているなら、何を教えても響かない。子どもの前でそういう姿勢を見せている大人がいることのほうが、よっぽど生徒の心に残ると思う。私はその矛盾の片棒を担ぎたくなくて、非常勤講師という働き方から離れることにした。
編集部より
非常勤講師という働き方の難しさは、生徒の前では「先生」なのに、職員室では「正規ではない人」として扱われる、立ち位置の二重性にあります。県と市から別々に出る給与、長期休暇は無給というコマ単位の制度が、その曖昧さを給料の面からも裏打ちします。さらにこの体験談で重いのは、教室で「差別はいけない」と教える教諭が、非正規の同僚を見下しているという矛盾です。場所が学校というだけで、起きているのは正社員が非正規を軽んじる、ごく普通の会社と同じ構図だと言えます。
土日が休める・授業に専念できるという非常勤講師の利点は、確かにあります。ただ、賃金が年ごとに変わる不安定さや、行事に入れない疎外感が積み重なると、この働き方を続けるか迷いが出てくるのも自然なことです。辞める・続けるを決める前に、自分が何を大事にして働きたいのかを一度言葉にしてみると、判断の軸が見えてきます。
困った時の選択肢
【今の働き方を続けるか迷っている方へ】
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