教員を辞めたら、給料が上がりました。
教員時代、寝ている時以外はずっと仕事をしていた気がします。今は定時で帰れて、土日も完全に休めて、おまけに給料まで前職を上回っている。あの頃の自分は何のために生きていたんだろうと、いまでもふと考えます。
そういう経験をした、私立高校の元英語教員の話です。
📌 体験者プロフィール
・年代・性別:20代後半・女性
・業界・職種:私立高校の英語教員(教諭)→ 一般企業の事務職
・在籍期間:教員として数年勤続
・当時の立場:私立高校で英語を担当する教諭
・地域感:詳細は伏せる
・退職後の状況:転職先で知り合った人と結婚、まもなく主婦になる予定
※プライバシー保護のため、一部の詳細は変更しています。
16歳から70代まで、職員室は世代も経歴もバラバラだった
私立高校の英語教員として働いていた頃、職員室には不思議な空間が広がっていました。
下は16歳の高校生から、上は70代くらいの先生まで。学校というのは、これだけの世代の人間が毎日同じ屋根の下で過ごすという、なかなか珍しい職場です。
一緒に働く先生たちの経歴も、ばらばらでした。新卒からずっと教員一筋の人、一般企業を経験してから教員に転職してきた人。中には、青年海外協力隊として海外で活動した経歴を持つ先生もいて、職員室で世間話をしているだけでも、自然と勉強になる時間が多かった気がします。
生徒たちと授業や休み時間にふざけ合い、職員室では先生同士でいたって真面目に専門的な議論を交わす。両方を行き来する一日は、新鮮で、いま振り返ってもとても楽しい時間でした。
寝ている時以外は仕事をしていた、教員という働き方
ただ、楽しいだけでは、やっていけませんでした。
「やりがい搾取」「思いやり搾取」という言葉が、当たり前のように使われるようになった現代。教員の仕事は、もろにそれで成り立っています。
勤務時間内は、授業をし、生徒指導をし、生徒と話して走り回って、合間に他の先生との打ち合わせや相談に明け暮れる。一般企業でいう「定時」を過ぎた頃に、ようやくその日に集めた小テストや課題のチェックに取りかかれます。
そうはいっても、遅い時間まで学校に残り続けるわけにもいかない。やりきれなかった仕事と翌日以降の授業準備は、ほとんど家に持ち帰っていました。休日は休日で、平日に終わらなかった仕事を片付けたり、教材研究に没頭したりするのに、ちょうどよく溶けていきます。
24時間365日、寝ている時以外は仕事をしている。そんな感覚で過ごしていた数年間でした。趣味の時間も、休む時間も、ほとんどありません。「好き」というだけではやっていけない仕事だと、心の底から痛感しました。
いま現役で教員をやっている方々は、本当にすごいと思います。心からそう思います。
20代後半、「結婚」の2文字が頭に浮かんだ頃に転職を決意した
転機は、20代の後半でした。
そろそろ「結婚」という言葉が頭にちらつくようになり、それと同時に、今の生活を続けたままそれを実現するのは難しいよな、という現実が見えてきました。寝ている時以外ずっと仕事をしている人間に、家庭を持つ余裕など、どこにもありません。
教員を辞めることを決意したのは、その頃です。
ただし辞めるといっても、先に退職してから職を探すという選択肢は、私にはありませんでした。教員の仕事を続けながら、空いた時間と週末をかき集めて、転職活動を進めることになります。元々の仕事だけで限界に近いのに、その上に転職活動を重ねるという、ハードワークの上塗りのような数か月でした。
それでも、転職先が決まった瞬間に、これまで肩に乗っていたものの正体が分かった気がします。
給料が上がり、定時で帰れて、土日が完全に休みになった
転職先は、一般企業の事務職でした。
働き始めて最初に驚いたのは、給料が大幅に上がっていたことです。前職の私立高校の教員より、月給ベースで明確に増えていました。教員という職業の社会的なイメージから考えると、これは正直、嬉しい誤算でした。
しかも、定時で帰れる。家に持ち帰る仕事はゼロ。土日はきっちり休める。
教員時代に「ありえない」と思っていた働き方が、転職先では当たり前として存在していました。それまで自分が住んでいた世界の方が、特殊だったのだと、ようやく気づきます。
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転職先で出会った人と結婚、もうすぐ主婦になります
転職してから少し経った頃、転職先で知り合った人と結婚することになりました。
教員時代のままだったら、たぶん、こうはなっていなかったと思います。誰かと出会って、関係を育てて、結婚に進むためには、絶対的に「自分の時間」が必要です。あの頃の私には、それが足りていませんでした。
もうすぐ、主婦になる予定です。
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教員のスキルは、一般企業でも普通に通用しました
転職してみて分かったのは、教員時代に身につけたものが、思っていた以上に一般企業で使えるということでした。
教員は、見た目以上にPC業務をやっています。授業のレジュメ作成、テストの印刷、保護者向けの文書、校内の連絡資料、行事の進行表。Word、Excel、PowerPointは、普通に扱える状態で職場を出てきていました。
それから、教員は「聞く」「学ぶ」「教える」をひたすら毎日繰り返している職業です。畑違いの企業に飛び込んでも、相手の話をきちんと聞いて、自分で学んで、覚えたことを後輩に伝える。この一連の動作が体に染みついていたので、仕事の覚えが早いと褒められることが多かったです。
教員出身者は、一般企業でも普通に働けます。偉そうな態度を取らなければ、ですけれど。
教員を辞めて良かった。けれど、時々あの時間が恋しくなる
辞めて良かったか、と問われれば、間違いなく良かったと答えます。
転職後の生活は、平日にしっかり働いて、定時で帰宅。休日は趣味と家事に時間を使える。教員時代には想像もできなかった、まっとうな日常です。時間も、体も、心も、ずいぶんラクになりました。
ただ、心残りがゼロかというと、そうではありません。
待遇という意味では、前職の私立高校の方が良かったかもしれない、と感じる瞬間がたまにあります。それから、教壇に立って生徒と一緒に英語に向き合っていた、あの密度の高い時間が、ふと恋しくなる夜もあります。
いろいろな世代の人と関わって、話して、学べる場所は、世の中にそう多くありません。あれは、かけがえのない時間でした。
もう少し年を取ったら、非常勤講師として戻ってもいいかもしれない
最近、たまに考えることがあります。
もう少し年を取って、生活に余裕ができた頃に、非常勤講師としてもう一度学校に戻ってみてもいいかな、と。
正規教員としてフルタイムで働く生活には、たぶんもう戻れません。あの「寝ている時以外は仕事」状態に身を投じる元気は、おそらく出てこないと思います。でも、非常勤という形で、週に数日だけでも教壇に立てるなら、それはそれで悪くない選択肢に思えてきます。
こんな気持ちになれたのも、一度教員を辞めて、ラクになったからこそです。中にいた頃の私には、「また戻りたい」なんて気持ちは、絶対に湧いてこなかったと思います。
編集部より
「好きでないと続けられない」と言われる教員の働き方を、この体験談は給料の面から静かに裏返しています。寝ている時以外ずっと仕事という生活から一般企業の事務職へ移って、定時で帰れるようになっただけでなく、月給まで上がった——やりがいと引き換えに何を差し出していたかが、転職後の待遇ではっきり見えた形です。文部科学省の勤務実態調査でも教員の長時間労働は繰り返し指摘されており、「好き」だけで支える構造には限界があります。
一方でこの方は、教員時代を「かけがえのない時間だった」とも語っています。辞めることは、その仕事の価値を否定することではありません。むしろ一度離れたからこそ「また非常勤で戻ってもいい」と思えた、という距離の取り方もあります。続けるか辞めるか迷うときは、何を手放したくて何を残したいのかを、一度言葉にしてみてください。
困った時の選択肢
【教員から、別の働き方へ移りたい方へ】
この体験談のように、教員のスキルは一般企業でも十分に通用します。PC業務や「聞く・学ぶ・教える」の習慣は、職種が変わっても武器になります。18〜29歳で正社員(常勤)経験があり、別業界へのキャリアチェンジを考えるなら、第二新卒・既卒を専門に支援するUZUZ第二新卒が、職種を限定せずに次の選択肢を一緒に探してくれます。
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そのほか、状況に合わせて選べる窓口を挙げておきます。
・辞める前に、他業界の年収や働き方を調べて比べておきたい方は → ワンキャリア転職(口コミ・年収情報で他業界を知る)
教員の長時間労働や持ち帰り仕事がつらいときは、総合労働相談コーナー(厚生労働省)で無料相談できます。

