「ログインできません。注文が通りません」――そのSlack通知で、半分眠ったままノートPCを開いた。時刻は午前2時を過ぎていた。AWSのCloudWatchを確認しながら原因を追っていくと、Dockerコンテナの設定ミスだった。
復旧が終わったのは朝5時過ぎ。布団に倒れ込むようにして、4時間ほど眠った。
そして翌朝、上司に開口一番こう言われた。
「で、再発防止策は?」
そのとき、本気で「まず寝かせてくれ……」としか思えなかった。
これは都内の従業員120名くらいの受託開発会社で、20代の頃にWebアプリケーションのエンジニアとして4年8ヶ月働いていた30代男性の話。ホワイトな半年から始まり、深夜のAWS障害対応に追われ、月100時間の残業とタイムカードの「45時間ルール」のなかで精神が削られていった。
📌 体験者プロフィール
・年代・性別:30代・男性
・職種:Webアプリケーションエンジニア(受託開発・SES案件と自社持ち帰り両方)
・雇用形態:正社員
・企業規模:中小企業(従業員50〜299人)
・地域:関東圏(都内)
・勤続期間:4年8ヶ月
・現在の状況:退職済み(別の自社開発系会社へ転職)
・当時の年収:480万円
※プライバシー保護のため、社名・案件の具体名・関係者の名前等は仮名化・ぼかして掲載しています。
入社半年のホワイトと、2年目から変わった会社の空気
入社当初は、思っていたよりずいぶんホワイト寄りに感じた。最初の半年くらいは、本当に平和だったと思う。朝10時出社で、19時前には帰れる日も多かった。
チームリーダーは穏やかな人で、口癖がこうだった。
「分からないことを放置するのが一番危ないから、5分悩んだら聞いて」
新人でも質問しやすい空気があり、コードレビューも丁寧だった。当時の使用技術はReact、TypeScript、Java、Spring Boot、AWS、Docker。連絡はSlack、タスク管理はBacklogとJira。客先常駐のSES案件と、自社持ち帰り案件の両方を経験できる環境で、金融系の社内システム改修やECサイト開発を担当していた。
1日の流れは大体こんな感じだった。
・9:30 出社
・10:30 実装・テスト
・13:00 昼休憩
・14:00 クライアント定例
・15:00 バグ修正・レビュー対応
・19:00 退社
ところが2年目あたりから、会社の空気が一変した。会社が急激に案件数を増やし始め、営業が「とりあえず受けます」と言ってくるようになったのだ。現場の体感としては「明らかにキャパを超えた数を受けている」と感じる場面が増えていった。
そこから徐々に、ブラックな要素が強くなっていった。
物流案件と、月100時間残業と「45時間ルール」のタイムカード
地獄だったのは、物流会社向けの在庫管理システムの案件だ。納期が異常に短く、しかも開発の途中で仕様変更が何度も入った。
客先の会議室で、プロジェクトマネージャーがこう言った瞬間を、今でも覚えている。
「土日で巻き返そう。ここ踏ん張れば評価されるから」
その瞬間、空気が一気に重くなった。チームのメンバー全員が「ああ、当分終わらないやつだ」と察した顔をしていた。
その頃のスケジュールは、完全に壊れていた。月の残業は100時間近くあった。けれどタイムカード上は45時間で止めるように言われていて、超えた分は「自主学習扱いで」と上司から普通に言われていた。
当時の年収は480万円くらい。表向きはちゃんとした受託開発会社だったが、時給換算するとけっこう厳しかった気がする。新卒2〜3年目のエンジニアが、月100時間働いて時給換算でいくらになるかは、計算するとちょっとぞっとする数字だった。
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深夜2時のSlack、AWS本番障害と「で、再発防止策は?」
一番きつかったのは、AWSの本番環境で障害を出したときだ。
夜中2時頃、Slackが鳴り続けた。「ログインできません」「注文が通りません」とクライアントから連絡が来た。私は半分寝ながらノートPCを開いて、CloudWatchを確認していた。結局、Dockerコンテナの設定ミスだった。復旧したのは朝5時過ぎ。
その翌朝、上司に「で、再発防止策は?」とだけ言われたときは、かなりメンタルにきた。正直、「まず寝かせてくれ……」としか思えなかった。
寝ていない頭で、夜中に1人でログを追いかけて、なんとか復旧させたあとに、まず聞かれるのが「再発防止策」だ。労いの言葉が一切なく、すぐに次の説明責任を求められる感覚は、独特の冷たさがある。
同じチームには、適応障害で休職した同僚もいた。決して他人事じゃなかった。
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ホワイトとブラックが、同じ会社の中に同居していた
ただ、この会社にはホワイトだと思える部分もあった。
技術力の高い先輩は本当に多く、学べる環境ではあった。Reactの設計思想や、AWSの構成、Docker運用などは、この会社でかなり鍛えられた。あと、エンジニア同士の横のつながりも強かった。深夜に障害対応をしていると、Slackの別チャンネルで「俺もそっちのログ見ようか」と声をかけてくれる先輩が普通にいた。
あと、客先によって本当に当たり外れがあった。
あるメーカー案件では、17:30になると部長クラスが「早く帰ってください」と言ってくれるくらいホワイトだった。逆に金融系の案件は深夜の障害対応が多く、常に緊張感があった。同じIT業界でも、同じ会社の中でも、当たった現場で天国にも地獄にもなる。
ブラックな部分を箇条書きにすると、こうだ。
・残業が常態化している
・人手不足
・仕様変更が無限に来る
・客先に振り回される
・評価制度が曖昧
・管理職が現場を理解していない
それでも、ホワイトな先輩から学べたReactやAWSの知識は、いま振り返っても財産だ。「会社全体としては良くなかったけれど、技術的に成長させてもらった」という感覚は、確かにある。
関連記事:WEB制作PM3年で限界|クセ強デザイナー・エンジニアの調整地獄で20キロ増えた話
「壊れるな」と思った日と、退職を伝えた時の部長の一言
限界を感じたのは、休日にノートPCの通知音が鳴っただけで動悸がしたときだ。
家族と食事中でも、Slackの通知音が気になってしまう。スマホをテーブルの裏に伏せても、ポンと音が鳴った瞬間、肩が跳ねた。妻にこう言われた。
「ずっと仕事の顔してるよ」
そのとき、「このままだと壊れるな」と思った。
最終的な退職理由は、体力よりも精神的な疲労だった。好きで始めたエンジニアなのに、コードを書くのが怖くなっていた。バグの少ないコードを書こうと集中するより先に、「障害を出したらまた『再発防止策は?』と言われる」場面が頭をよぎるようになっていた。
退職を伝えたとき、部長からは「今辞められると困る」と言われた。たぶんあの一言は、引き止めの常套句だ。でも、もう自分の中では決まっていた。
「いま辞めないと、たぶん本当に壊れる」
その確信のほうが、部長の引き止め文句よりはるかに重かった。
退職後どうなったか|自社開発系・フルリモート・年収620万円
退職後は、自社開発系の会社に転職した。現在はフルリモート中心で、残業は月15時間程度。年収は620万円に上がった。
使用技術は引き続きReactやAWSだが、納期の決め方や開発フローがかなり健全だ。一番大きいのは、エラーが起きても「誰の責任か」ではなく「どう改善するか」を話す文化があることだった。
深夜2時に障害が出たとしても、翌朝にまず聞かれるのは「再発防止策」ではなく「大丈夫だった?」になった。問題なのは個人ではなく、その障害を起こせる仕組みのほうだ――その当たり前のことが、ちゃんと当たり前として共有されている会社だった。
退職してから半年ほどは、休日にSlack通知音が鳴ると体が反射的に強張った。動悸はもう少し続いた。でも1年経つ頃にはほぼ消えていた。「Slackの通知音=危険信号」という条件づけが、ようやくほどけていった感覚だ。
IT業界を目指す人へ|面接で必ず聞くべき5つのこと
IT業界を目指す人に、強く言いたいことがある。
「IT業界=ブラック」ではない。ただし、会社と案件次第で、天国にも地獄にもなる。
面接の場では、「平均残業時間」だけでなく、こういうことを聞いたほうがいい。
・誰がその数字を管理しているか(タイムカード打刻の運用込みで)
・障害対応体制(オンコールの輪番制があるか、深夜対応の代休はどうしているか)
・有給取得率
・離職率(特に直近3年)
・現場エンジニアと面談できるか
「平均残業時間20時間です」と言われても、それが「45時間ルール」のあとの数字かもしれない。誰がどう数字を作っているかまで踏み込んで聞かないと、入ってから「あれ?」となる。
そして、現場エンジニアと面談できる会社は、比較的安心感があった。逆に「現場の話は入社後にね」と言われた会社は、いまの自分なら避ける。
それでも、IT業界には面白い部分が大きいことも、忘れないでほしい。自分が作ったシステムが実際に使われ、数字として成果が見える瞬間は、確かに達成感がある。深夜の障害対応で泣きそうになったこともあるけれど、無事リリースできた日の達成感は、いまでも忘れられない。
ホワイトな現場もブラックな現場も両方経験したからこそ思うのは、「技術力」だけじゃなく、「ちゃんと休める環境」がエンジニアには本当に大事だということだ。技術力は経験で積み上がるが、削れたメンタルと健康は、簡単には戻らない。
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編集部より
受託開発では、現場のホワイト/ブラックを実質的に決めているのは営業の受注判断です。「とりあえず受けます」が増えた瞬間に現場のキャパが折れる——この体験談の流れは、エンジニア個人の努力ではどうにもならない上流の問題です。月100時間の残業をタイムカード上は45時間で止め、超過分を「自主学習扱い」にする運用は、労働基準法37条が定める割増賃金の支払い義務に反します。表沙汰になれば労働基準監督署の指導対象です。
深夜に一人でログを追って復旧させた翌朝、労いより先に「再発防止策は?」が来る——これは個人の責任感の問題ではなく、障害を一人に背負わせる体制設計の問題です。辞めるか続けるか決める前に、その重さが自分だけに集まる仕組みになっていないか、一度立ち止まって棚卸ししてみてください。一人で抱え込む前に、下記の窓口で状況を言葉にしてみるのも手です。
困った時の選択肢
【受託・客先常駐の働き方そのものを変えたい経験者の方へ】
毎回ちがう客先に振り回されること自体に疲れたなら、案件を自分で選べるフリーランスという道もあります。エンジニア経験3年以上・50歳以下が対象のセルワークITフリーランスは、IT案件1万件以上から自分で選んで動けるサービスです。「会社の受注次第で働き方が決まる」状態から抜ける選択肢として、情報だけ見ておく価値はあります。
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そのほか、状況に合わせて選べる窓口を挙げておきます。
・上司や部長の強い引き止めで辞めづらい方は → 退職代行という選択肢があります。男性向けは 男性の退職をサポートする退職代行(運営:合同労働組合toNEXTユニオン)、性別を問わず使えるのは 弁護士法人ガイアの退職代行 です。
・辞める前に、他社の開発フローや年収・選考の実態を口コミで調べて比べておきたい方は → ワンキャリア転職(口コミ・選考体験談で他社のリアルを知る)
・休日もSlackの通知音で気が休まらない方は、抱え込む前に自分の状態を整理するセルフケアから → 心のAIパートナー【Awarefy】(自己理解・セルフケアアプリ)
サービス残業や「45時間ルール」のような運用に心当たりがある方は、総合労働相談コーナー(厚生労働省)で無料相談できます。心身が限界に近いと感じるときは、よりそいホットライン(0120-279-338)も24時間無料で相談に乗ってくれます。

