PR

カスタマエンジニア40年で限界|3日連続徹夜と『サボってばかり』の地獄

IT・エンジニア系の体験談アイキャッチ IT・エンジニア系
この記事は約8分で読めます。

「あいつらはサボってばかりだなぁ」

3日連続徹夜の端末入替作業の最終日、ほんの10数秒の待ち時間で立ったまま居眠りしてしまった私たちに、見回りに来た上司が吐き捨てた一言です。

これは、CE(カスタマエンジニア)として20年、その後営業として15年。合計40年近くをコンピューター業界で過ごし、いまはフリーランスとして働く男の話です。

📌 体験者プロフィール

性別:男性

学歴:工業高校 情報技術科卒

経歴:大手メーカーに新卒入社 → カスタマエンジニア(CE)約20年 → 営業職へ配置転換 約15年 → 現在はフリーランス

業界:コンピューター業界(現在のIT業界)

現職:フリーランス(現職継続中)

業界歴:合計約40年

体験形態:実体験ベース

※プライバシー保護のため、個人が特定されない範囲で仮名化・一部詳細を変更しています。

工業高校卒、コンピューター業界へ

私が大手メーカーに入社したのは、工業高校の情報技術科を卒業した年でした。

当時は「コンピューター業界」と呼ばれていて、いまのIT業界とは少し空気が違いました。先端産業として持ち上げられていた時代で、業界に入れただけで誇らしさがありました。

入社後はまず1年間の研修期間。前期・後期に分けた集合教育と、現場でのOJTを組み合わせたもので、「これから自分はプロフェッショナルとして生きていくのだ」という覚悟を持たせてくれる時間でした。

しかし、研修を終えて現場に出た1年目の私を待っていたのは、ハードディスク障害という現実でした。

当時のハードディスクは、いまとは比べ物にならないくらい壊れやすかったのです。データ復旧のために徹夜を重ねる日々。それが私のエンジニア人生の幕開けでした。

カスタマエンジニアという仕事の正体

CEの仕事は、簡単に言えば「動いている機械をひたすら守る仕事」です。

ただ、実際にやってみると想像していたよりずっと泥臭い作業の積み重ねでした。

顧客ごとに月単位で組まれた保守点検のスケジュールを管理し、客先のお昼休みを狙ってホスト系のシステム点検を入れる。中規模のシステムは業務時間中に止めるわけにいかないので、わずか1時間ほどのお昼休みに作業を詰め込むのです。

点検がない日は事務所で待機。電話が鳴れば即座に別の客先の障害対応に飛ぶ。「いつ呼ばれるか分からない」という拘束感が、地味ですが本当に疲れました。

そして大規模なシステムの場合は、止めると影響が大きすぎるので、誰もいない夜間の電算室で作業をします。当時は二重化やRAID構成のような「無停止」の発想がまだ一般的ではなく、専用光回線の切り替えひとつとっても夜間徹夜が当たり前でした。

最近のデータセンターは無停止点検が普通になりましたが、私が現役だった頃は違ったのです。

正月返上で挑んだ、大病院の端末一斉入替

私が今でも鮮明に覚えているのは、いくつかの大病院での端末一斉入替作業です。

各病棟、診療科、事務室。数千台の端末を、たった2日間で一気に入れ替える。世間がおせちを食べている正月休みこそが、私たちの戦場でした。

「正月だから空く」のではなく、「正月しか空かない」のです。病院は365日稼働している。だから患者と職員がもっとも少ない正月休みに、徹夜で叩き込むしかありませんでした。

これは端末リプレースのたびに発生する行事のような作業で、今年はこの病院、来年はあの病院、と毎年どこかの病院で繰り返されていました。

併設して構築されるホストシステムの担当SEたちと肩を並べて、泥の中でもがくように働く。深夜の病棟は、ナースコールの音と医療機器の動作音だけが響く独特の静寂に包まれていて、その中で端末を載せた台車が立てる「ガラガラ」という音だけが妙に大きく聞こえました。患者さんを起こしているのではないかと、罪悪感さえ覚えました。

冷たい廊下でひたすら作業をして、作業員同士も小声でひそひそと会話する。「ITの仕事は画面の中だけで完結するものではないのだ」と痛感した夜でした。

3日連続徹夜|「知らない装置です」が許されない現場

CE時代の中盤、関連会社の営業所へ期限なしの応援に出向くことになりました。

そこは少人数の所帯で、大型から小型まで、担当の縄張りなど関係なく全員でぐるぐる回す現場でした。見たこともない装置でも「知らない」という言葉は許されない。装置の前で取扱説明書を読み込んで、その日のうちに作業をこなす。日々、別の意味での戦いでした。

ある日、大規模リプレースの応援指示が出ました。とある大手企業のコールセンターで、端末数千台を3日間連続徹夜で入れ替える、という作業でした。

「どこの現場も似たような事情はあるよな」とは思っていましたが、3日連続というのは私にとっても未経験の領域です。

端末を入れ替え、部署ごとに違うセットアップ手順をこなし、動作確認とシステム連携の確認を行う。失敗は許されず、ミスがあればやり直し。

応援を呼んでもらって十数人体制でしたが、3日連続で詰めても終わらない。どこまで進んでも先が見えない、強制労働のような時間でした。

最終日になると、私は自分が起きているのか寝ているのかも曖昧で、意識がどこにあるのかさえ分からなくなりました。手は動いているのに、頭はふわふわしている。あれは正常な働き方ではなかったと、いま振り返っても思います。

関連記事:OAシステム開発で新卒6年|先輩の突然の死と裏帳簿サービス残業の地獄

上司の「サボってばかり」で、心が削れた

その最終日のことです。

ほんの10数秒の待ち時間に、私たちは知らないうちに立ったまま居眠りをしていました。気を失っていた、と言ったほうが近いかもしれません。

そのときに見回りに来た上司から投げかけられたのが、冒頭の「あいつらはサボってばかりだなぁ」という一言でした。

私たちは、その装置の知識を持っていたから応援に呼ばれていたのです。十分な人員もなく、まともな食事もとれず、身体を削って現場をなんとか繋いでいた。

その全部が、上司の一言で踏みにじられた気がしました。

「私たちは選ばれた技術者だ」という自負も、その瞬間に崩れました。結局、自分たちは会社にとっての「手駒」でしかなかったのだと。

これがコンピューター業界――いまで言うIT業界の、当時のリアルな縮図だったのだと思います。

関連記事:JAVAエンジニア17年・SES客先常駐|大手孫請けで責任と単価が噛み合わない地獄

突然の異動辞令、営業職への転換

応援先の営業所で1年半を過ごした頃、突然本社に呼び戻され、営業職への異動を言い渡されました。

「保守だけでなく、売上の立つ営業を強化したい」というのが会社の理屈でした。先を見据えた人事だ、と説明されました。

そして私が1年半守ってきたその応援先の営業所は、それからわずか半年後、人数不足で閉鎖されました。

あんなに必死に守ってきた場所が、消えるのは一瞬でした。

異動後、扱う商品はコンピューター関連機器、ネットワーク機器、映像関連機器。営業に転じたとはいえ、「販売したものを設置し、構築まで自分でやる」のがその会社のやり方でした。外注費を削減し、利益率を上げるためです。

昼はスーツを着て客先で頭を下げ、契約を取る。夜になると作業着に着替えて、自分が売ったその機材を自分で設置する。

営業としての数字の責任と、技術者としての完璧な構築の責任。その二重の重圧が、徐々に心身を蝕んでいきました。

「外注費を削るために、自分の時間を削っている」――そんな構造に、途中から気がついていました。気づいてはいたけれど、目の前の数字を追うしかなかったのです。

40年近くこの業界にいて、いま思うこと

働き方改革が叫ばれるようになってから、私たちが経験したような無制限な残業時間や不眠不休の現場は、過去のものとして片付けられるようになりました。

でも、システムが24時間365日動くのが当たり前になった現代こそ、その裏側で誰かの平穏を支えているエンジニアの負担は、目に見えない形で確実に存在し続けているはずです。

IT業界は刺激的だし、技術が好きな人にはこれ以上ない仕事だと、いまでも思います。

ただ、無停止が前提のシステム――病院、金融、公共機関のような、一瞬の停止が大混乱を招く現場――に関わる時は、覚悟が要ります。状況によっては、自分の身体と心を犠牲にしてでも完遂しなければいけない場面が、必ず出てくる。

特に、自分の仕事に強い自負を持っている人ほど危ない。「自分がやらなければ」という使命感が、結局自分を後回しにさせるからです。

これからこの業界に入る人にひとつだけ言わせてもらうなら、システムを守るより先に、まず自分の身体を守ってほしい、ということです。

技術や実績は、それを支える身体と精神があってこそ積み上がっていくものだから。長く働きたいなら、まず自分が長く働ける状態であり続けることだと、40年近くやってきた私は本気で思っています。

関連記事:クセ強デザイナー・エンジニアの調整地獄で20キロ増えた話

編集部より

この記事は、システムの「無停止運用」が当たり前でなかった時代の、IT現場の身体性を生々しく伝えます。止められないシステムを守るために、夜間・正月・休日という「止められる時間」へ作業を集中させる——正月返上の病院端末一斉入替、3日連続徹夜の応援。深夜病棟で台車のガラガラ音だけが響く静寂は、画面の中で完結しない仕事の重さそのものです。象徴的なのは、10数秒の立ち居眠りに上司が放った「サボってばかり」の一言。身を削って現場を繋いだ自負が、それで崩れた。営業転換後も昼はスーツ・夜は作業着という二重の責任に削られていく。40年やってきた人の「システムより先に自分を守れ」は、重い実感です。

24時間365日動くシステムが増えた今も、それを支える負担は形を変えて残っています。自分の仕事に強い自負がある人ほど「自分がやらねば」と身体を後回しにしがちです。長く働きたいなら、まず自分が長く働ける状態を保つこと。無理が続くなら、一人で抱え込まず、誰かに状況を話してみてください。

困った時の選択肢

【40代・50代で、これからの働き方を考え直したいIT・技術職の方へ】

長く現場を支えてきた経験は、それ自体が大きな財産です。「このまま今の働き方を続けるのか」「経験をどう活かすのか」を、40代・50代の節目で一度整理しておくと、その後の選択がぶれにくくなります。「キャリフト」は40代・50代向けのキャリア相談で、これまでの経験の棚卸しから、無理なく続けられる働き方を一緒に考えてくれます。

40代・50代のこれからの働き方を相談する|キャリフト(経験の棚卸しから)

そのほか、状況に合わせて選べる窓口です。

・20〜30代で、IT現場の働き方に消耗していると感じる方は → 転職前提なしのキャリア相談|キャリート(自己分析・自分らしい働き方・22〜39歳)

・「自分がやらねば」と身体を後回しにしてしまう方は、抱え込む前に、自分の状態を整理するセルフケアから → 心のAIパートナー【Awarefy】(自己理解・セルフケアアプリ)

徹夜続きや長時間労働など、働き方に限界を感じるときは、総合労働相談コーナー(厚生労働省)で無料で相談できます。心身がつらいときは、よりそいホットライン(0120-279-338)も24時間相談に乗ってくれます。

タイトルとURLをコピーしました