「この案件、いつ決まるんだ?」
月曜の朝礼で、そう聞かれるたびに胃のあたりが重くなりました。
私は40代の頃、電機メーカー系の企業で法人営業のセールスエンジニアをしていました。デジタルサイネージや業務用ディスプレイ、ネットワーク機器を、企業や商業施設に提案する仕事です。
ただ、売って終わりではありません。現場確認、仕様の打ち合わせ、設計担当との調整、導入後のフォローまで、全部が自分の担当でした。
これは、営業と技術の間で20年、板挟みになり続けた男の話です。
- 📌 体験者プロフィール
- お客様から見れば、営業も技術も「窓口」だった
- 月曜の朝礼が、いちばん重かった
- 数字が足りない月の、静かな営業所
- 午前は提案書、午後は客先、夜は社内資料
- 真夏のスーツと、冬の早朝現場
- 見積のバージョンが、10回を超えたモールの案件
- 照明が半分落ちた、閉店後のショッピングモール
- 夜10時から始まる、資料の修正
- 残業60〜70時間、休日でも鳴る電話
- トラブルと数字が、同時に来る
- 帰りの電車で、ただ座っていた
- 年収700万でも、板挟みは楽じゃなかった
- 「佐藤さんが動いてくれたから」と言われた日
- 工場も、学校も、病院も見てきた
- 「気合で乗り切れ」が普通だった頃
- 再雇用で、若手を支える側になった
- 副業で始めた、Webライティング
- これから、この仕事を目指す人へ
- ブラックな部分も、達成感もあった
- 営業と技術の板挟みで、すり減っていると感じているあなたへ
📌 体験者プロフィール
・年代・性別:40代男性(体験当時)
・業界・職種:電機メーカー系企業/法人営業のセールスエンジニア
・雇用形態:正社員(現在は再雇用)
・企業規模:大企業(従業員1000人以上)
・在籍期間:20年以上
・退職状況:現職継続中(再雇用)
・体験形態:実体験ベース
※プライバシー保護のため、個人が特定されない範囲で仮名化・一部詳細を変更しています。
お客様から見れば、営業も技術も「窓口」だった
会社は全国展開している大手で、営業所だけでもかなりの人数がいました。
ただ、看板が大きいのと現場が回っているのは別の話で、実際はいつも人手不足でした。
だから営業も、かなり幅広い仕事をやることになります。
お客様から見れば、営業も技術担当も関係ありません。全部まとめて「窓口」みたいな扱いです。
「これ、どうなってますか」と聞かれれば、営業のことでも技術のことでも、まず自分が受ける。自然と、対応範囲がどんどん広がっていくんです。
セールスエンジニアという肩書きは、聞こえはいいかもしれません。でも実態は、営業と技術のどちらも中途半端には逃げられない、という立場でした。
月曜の朝礼が、いちばん重かった
朝はだいたい7時前に起きて、8時前には会社に着いていました。
まずメールを確認して、そのあと朝礼です。
月曜の朝礼は、特に重かったですね。
売上数字の進捗確認があるので、フロア全体の空気が張り詰めるんです。まだ一件も動いていない週の頭に、先週の遅れと今月の残りを突きつけられる。あの時間だけは、何年やっても慣れませんでした。
数字が足りない月の、静かな営業所
上司からは、よく言われました。
「この案件、いつ決まるんだ?」
「今月、かなり厳しいぞ」
数字が足りない月は、営業所全体が静かになるんです。
雑談も減って、みんなパソコンの画面を見ながら、必死に案件管理表を更新している。誰かの電話の声だけがやけに大きく聞こえる。
あの静けさは、怒鳴られるよりこたえました。
午前は提案書、午後は客先、夜は社内資料
1日のスケジュールは、かなり不規則でした。
午前中は、見積もりや提案書の作成。午後はお客様のところへ訪問。夕方以降は会社に戻って、メール返信や社内資料の作成。
だいたいこの流れが多かったです。
ただ、これはあくまで「うまくいった日」の話で、途中に急な呼び出しや、トラブルの一本が入るだけで、全部が後ろにずれていきました。
真夏のスーツと、冬の早朝現場
外回りの日は、本当に体力勝負でした。
真夏に、スーツ姿のまま工場を歩き回ることもありましたし、冬は早朝から現場立ち会いで、指がかじかむほど凍えることもありました。
現場確認では、ヘルメットをかぶってバックヤードや機械室に入るのも普通です。
スーツを着た営業のイメージと、汗だくで配線を見て回る自分と。どっちも同じ日の自分でした。
見積のバージョンが、10回を超えたモールの案件
特に印象に残っているのは、地方の大型ショッピングモールに、デジタルサイネージを導入した案件です。
館内案内や広告表示用に、複数台の大型ディスプレイを設置する計画でした。
競合もかなり強くて、名前の通ったメーカーも入っていました。だから、提案資料の作り込みは相当なものでした。
お客様から細かい質問が何度も来る。そのたびに設計担当へ確認して、修正する。それを繰り返しているうちに、気付けば見積もりのバージョンが10回以上変わっていました。
一つの案件で、ここまで作り直したのかと、あとで自分でも呆れたくらいです。
照明が半分落ちた、閉店後のショッピングモール
ある日は、閉店後のショッピングモールで現場確認をしていました。
営業が終わったあとなので、館内の照明が半分くらい落ちていて、昼間とはまるで別世界でした。
自分の足音がやけに響く、がらんとした通路。
工事担当の人と脚立を持ちながら、設置位置や配線のルートを確認していく。昼間はお客さんでにぎわっていた場所に、作業着の人間が数人だけ。妙に静かで、時間の感覚がなくなっていくんです。
夜10時から始まる、資料の修正
その現場確認を終えて、夜10時を過ぎてから会社へ戻りました。
戻ったら、そのまま提案資料の修正です。
隣で作業していた後輩が、ぼそっと言いました。
「もう今日は、帰って寝るだけですね」
みんな苦笑いです。笑うしかない、というやつでした。
残業60〜70時間、休日でも鳴る電話
その時期の残業は、月に60〜70時間くらいありました。
繁忙期は、土曜日も普通に出社していましたし、休みの日でも、お客様から電話が来ることがありました。
一度気になると、頭のどこかがずっと仕事につながったままになる。
家にいても、本当の意味では休めていなかったと思います。
トラブルと数字が、同時に来る
一番きつかったのは、トラブル対応と数字のプレッシャーが、同時に来る時です。
ある案件で、工事当日にネットワーク設定の不具合が出たことがありました。
現場からは、「映像が出ません」と電話。お客様は当然焦っていますし、こちらも原因がすぐには分からない。設計担当へ電話しながら、現場で機器を一つずつ確認していく。
その最中にも、上司からは連絡が入るんです。
「来月の案件、どうなってる?」
目の前のトラブルと、来月の数字。まったく別の重さのものが、同じタイミングで乗ってくる。正直、頭の中がパンクしそうでした。
お客様先でトラブル対応をしている時、ふと鏡に映った自分の顔を見たら、思っていた以上に疲れた表情をしていて、自分でも驚きました。
関連記事:カスタマエンジニア40年で限界|3日連続徹夜と上司の『サボってばかり』の地獄
帰りの電車で、ただ座っていた
そういう日の帰りの電車では、ぼーっと窓の外を見ていることが多かったです。
スマホを見る気力もなくて、ただ座っているだけ。
家に帰っても、メールの通知が気になって、夜中に確認してしまうこともありました。
切り替えが下手だったんだと思います。でも、あの立場で完全に仕事を忘れるというのは、私にはできませんでした。
年収700万でも、板挟みは楽じゃなかった
年収は、40代で700万円前後でした。
数字だけ見れば、悪くないと思われるかもしれません。
ただ、労働時間や精神的な負担を考えると、決して楽ではなかったです。
特にセールスエンジニアは、お客様・営業・設計・工事担当の間に立ちます。
それぞれが違う都合と言い分を持っていて、そのどれもが「こっちの事情も分かってくれ」と言ってくる。板挟みになる場面が、本当に多い仕事でした。
関連記事:営業兼エンジニアを5年で退職|「女を売りにしろ」と言われ建設業界の客に潰れた話
「佐藤さんが動いてくれたから」と言われた日
ただ、悪いことばかりではありませんでした。
例のモールの大型案件が無事に終わったあと、お客様から言われたことがあります。
「佐藤さんが最後まで動いてくれたから、安心できました」
その言葉は、今でも覚えています。
セールスエンジニアの仕事は、ただ商品を売るだけじゃない。信頼を一つずつ積み重ねていく仕事なんだと、その時に思いました。
しんどかった案件ほど、終わったあとにこういう一言をもらえると、報われた気持ちになるんです。
工場も、学校も、病院も見てきた
いろいろな業界の現場を見られたのは、この仕事の面白いところでした。
工場、学校、病院、商業施設。本当にさまざまな場所へ行きました。
同じ案件は一つもありません。行くたびに違う建物、違う担当者、違う課題がある。
大変ではありましたが、こんなにいろんな現場の裏側を見られる仕事は、そう多くないと思います。
「気合で乗り切れ」が普通だった頃
一方で、かなり古い体質も残っていました。
上司によっては、「気合で乗り切れ」という考え方の人もいました。
若い頃は、それが当たり前だと思っていました。
でも、40代になると、体力的にも精神的にも、その乗り切り方はきつくなってきます。根性で埋められない部分が、はっきり出てくるんです。
再雇用で、若手を支える側になった
今は、再雇用で働いています。
以前ほど数字への責任は減りましたが、その分、若手のサポートや引き継ぎをすることが増えました。
自分が板挟みでもがいてきた経験が、後ろから若手を見るときには少しだけ役に立っている気がします。
副業で始めた、Webライティング
最近は、副業でWebライティングもしています。
最初はうまく書けませんでした。でも、営業の経験は、意外と文章にも役立っています。
相手が何を知りたいかを考えながら説明する。この感覚は、営業もライティングも、けっこう似ているんです。
これから、この仕事を目指す人へ
これからIT業界やセールスエンジニアを目指す人には、技術力だけでなく、人とのコミュニケーション力を大切にしてほしいです。
結局、お客様が最後に選ぶのは、安心して任せられる人かどうかだと思います。
それと、無理をしすぎないこと。
責任感が強い人ほど、抱え込みやすい仕事です。私も若い頃は、全部を一人で何とかしようとしていました。でも、それを続けると、本当に心が疲れてしまいます。
ブラックな部分も、達成感もあった
ブラックな部分は、確かにありました。
残業、休日対応、急なトラブル、数字のプレッシャー。
ただ、その分だけ達成感もあったのも事実です。苦労した案件ほど、終わった時の安心感は大きかった。
20年以上続けてきたことで、技術の知識だけでなく、人との向き合い方や責任感が身についたと思っています。
今振り返ると、大変な仕事でした。でも、自分を成長させてくれた仕事でもあったと、素直にそう思えます。
関連記事:客先常駐SE20年・現役40代|月350時間と「会議室で寝るしかない」物流移行の地獄
営業と技術の板挟みで、すり減っていると感じているあなたへ
セールスエンジニアがきついのは、能力の問題ではありません。
お客様・営業・設計・工事という、立場の違う人たちのちょうど真ん中に、一人で立たされる「構え」そのものにあると感じます。
目の前のトラブルと来月の数字が同じ日に乗ってくる働き方は、責任感が強い人ほど、一人で抱え込んでしまいます。
40代になって「気合」では埋められない部分が出てきたと感じるなら、それは弱さではなく、一度立ち止まって自分の20年を棚卸ししてみるサインなのかもしれません。
困った時の選択肢
板挟みの消耗を、そろそろ手放したい方へ
営業と技術、両方の言い分がわかってしまう立場だからこそ、板挟みは一人で抱え込みがちです。IT・営業でのキャリアを積んできた方なら、その経験を正当に評価してくれる転職エージェントに一度話を聞いてもらうだけでも、今の環境が「普通」なのかを測る物差しになります。首都圏でのIT・営業・ハイクラス転職に強く、相談は無料です。
そのほか、状況に合わせて選べる窓口を挙げておきます。
・営業としての自分の市場価値を、若いうちに知っておきたい方は(※25〜35歳・営業経験者向け)
→ 営業経験を活かす市場価値診断・キャリア相談【NewMA】
・辞めたい気持ちはあるのに、責任感でどうしても自分から切り出せない方は
・心身が限界に近いと感じる方は、抱え込む前に、自分の気持ちを整理するセルフケアから
→ 心のAIパートナー【Awarefy】(自己理解・セルフケアアプリ)
公的な窓口としては、総合労働相談コーナー(厚生労働省)や、よりそいホットライン(0120-279-338)が無料で相談に乗ってくれます。
働き方や仕事との距離の取り方を、少し引いた場所から考えたいとき、気になった一冊をまず無料で試す方法もあります。
・読んでみる → Kindle Unlimited(30日間無料体験)
・聴いてみる → Audible(30日間無料体験)
外回りで社用車に乗る時間が長く、会社に戻れば夜遅くまで椅子に座りっぱなし。腰への負担を少しでも逃がすために、車のシートにもオフィスチェアにも使えるランバーサポート(腰当てクッション)を使っている人もいます。

