事務所からの伝達事項は、階段の踊り場に貼られた紙きれでした。
私が初めて見たとき、思わずツッコみました。「江戸時代のお触書きやないねんから……」と。
これは介護業界10年以上のベテランだった私が、知人の誘いで高齢者グループホームに副施設長として入り、3か月で労働基準監督署へ内部告発して退職した話です。
📌 体験者プロフィール
・年代・性別:男性(体験当時39歳)
・業界・職種:高齢者グループホームの副施設長(介護業界10年以上のベテラン・現場経験+管理職経験あり)
・雇用形態:正社員
・月収:23万円(ボーナスなし)
・勤務先:高齢者グループホーム+訪問介護1か所+児童デイサービス2か所を運営する小規模会社(従業員15人ほど)
・在籍期間:3か月
・退職状況:退職済み(労基署・監査指導課・ハローワークへ内部告発後、転職、現職継続中)
・体験形態:実体験ベース
※プライバシー保護のため、個人が特定されない範囲で仮名化・一部詳細を変更しています。
知人の誘いで入った副施設長というポジション
39歳のとき、前職を退職して失業手当をもらいながら次の仕事を考えていました。
介護業界には10年以上いました。現場の他に事業所の管理職も経験。そろそろ就活しようかと思い始めた頃、知り合いから「うちで働いてほしい」との連絡があったのです。
直接の接点はない人物でした。私の管理職時代の2代あとに、同じ管理職をしていたという縁だけ。それでも引き受けたのは、業界知人からの紹介ならば大きな失敗はないだろうという甘い見込みでした。
会社規模は業界内で小さい部類です。
・高齢者グループホーム(私の配属先)
・訪問介護1か所
・児童デイサービス2か所
これらを経営する小規模会社でした。
グループホームの従業員は社員とパートを合わせて15人ほど。役職は副施設長で、誘ってきた知人が施設長という構図です。
事務所には社長と施設長の2人だけ。それ以外は全員現場で、私はその中間——つまり現場と事務所を兼務する立場でした。
3階建ての建物で、事務所は1階、現場は2階と3階。物理的にも距離がある配置です。
月収は23万円。ボーナスなしと聞いていました。条件としては悪くない、とそのときの私は思っていたのです。
介護業界の派閥は珍しくないが、この職場は違った
介護現場には派閥がつきものです。長年の業界経験で、私はそれを知っていました。
仲の良い職員グループ、合わない者同士のすれ違い、ベテランと新人の対立。どこの事業所にもある日常風景です。
しかしこの会社は違いました。
派閥が「事務所」と「現場」で真っ二つに分かれていたのです。
現場は社長と施設長を蛇蝎のごとく嫌っていました。社長と施設長は現場を強く否定していました。お互いがお互いを敵視している、両陣営の対立構造です。
従業員から事務所への報告はほぼありません。事務所から現場への伝達事項は、冒頭で書いた「階段の踊り場の貼り紙」。それが事務所と現場を繋ぐ、ほぼ唯一の手段でした。
なぜここまで亀裂が深まったのか。観察を続けるうちに見えてきた答えは、単純なコミュニケーション不足が長年積み重なってこじれた結果、というものでした。
そして両陣営の間にポンと放り込まれたのが、私というわけです。
関連記事:家族経営の介護施設2年で退職|「爛れていないから大丈夫」発言で目が覚めた話
会議という名の儀式
両陣営の対話の場である会議には何度か参加しました。が、これが対話と呼べる代物ではないのです。
社長と施設長が現場へダメ出しをする。当たり前の介護論を一方的に述べる。現場職員はウンともスンとも言わない。意見も質問も出てこない。
社長らの言っていること自体は正しいのです。介護の理念としても、業界の常識としても。
問題はそれが「圧」として伝わっていたこと。意見具申ができる雰囲気はなく、現場職員からは「早く終わってくれ」という空気がひしひしと伝わってきました。
会議が終われば、それぞれが自分たちの「場所」へ戻り、グチグチと文句を言う。
事務所では現場への愚痴を聞かされる。現場では事務所への愚痴を聞かされる。両方の場所に出入りする私は、毎日その間に立たされていました。
「はあ……」「そこは預かり知らないです」と答えることが日に日に増えていきました。聞かされる愚痴の内容が、業務の本質ではなく粗探しのようなものばかりだったからです。
客観事実として浮かび上がってきた問題
両者の愚痴を聞き流していた一方で、私は自分の目で組織を観察していました。すると、事務所も現場も認識していない、もっと根の深い問題が見えてきたのです。
最初に違和感を覚えたのは求人票でした。
夜勤手当の記載がない。
介護業界では夜勤手当を付けるのが当たり前で、22時から5時の間の勤務には法的にも割増賃金が必要です。ところがこの会社の求人票には、夜勤手当に関する記載がまったくありませんでした。
入社して間もなかった私は、初めて能動的に動きました。施設長と従業員に直接インタビューしたのです。
施設長と従業員の答えは一致しました。「はい。だから夜勤者の応募がないんです」と。社長が夜勤手当をケチりたかったらしい、という事情も両陣営とも把握していました。
つまり「夜勤手当を出さない違法状態」を、誰もが知りながら、誰も言い出せずに放置していたのです。
次々と出てくる違法労働の実態
夜勤手当の件をきっかけに、私は他の労働条件も詳しく調べ始めました。出てくるわ出てくるわ——
・交通費は一日100円
・食事代は食べなくても強制的に給料から天引き
・有給休暇の消化は原則不可
・残業代は一切支給なし
・求人票には「ボーナス支給」と書かれているが実際は出ない(虚偽記載)
・虐待をしている職員がいる
・特定のカルト宗教の勧誘をする職員がいる
・特定の職員が異常なほど残業したがる(5時間ぐらい)
風紀が乱れているというレベルではなく、もはや法令順守ができていない状態。それも全て、給料明細・録音・求人票という形で証拠が手元に揃う案件ばかりでした。
「ここ、ヤバいんじゃないか?」
ストレスを強く感じるようになっていました。
関連記事:【辞めた人の本音】サービス残業14のリアル|タイムカード偽装・裏帳簿・業界別の実態
大事なのは仕事のはず——なのに介護の話題が出てこない
おかしな話ですが、現場も事務所もしっちゃかめっちゃかな日々の中で、業務改善の話は誰の口からも出てきませんでした。
陰で文句を言い合い、表面的に仕事をこなして、また文句を言って、時間が過ぎていく。
メタ的な振り返りをすると、ここまで書いてきたなかに「介護そのもの」の話題はほぼ出てきません。みんながどんな介護をしていたのか、私の記憶にもあまり残っていないのです。
それぐらい他のことが強烈におかしかった。介護施設なのに、介護の話より「事務所と現場の不仲」と「法令違反」のほうが日常を支配していた。
おかしいことが日常になっている職場でした。
入社して2か月、ついに私は爆発しました。早いと自分でも思います。
関連記事:「顧客満足第一」が従業員を潰す|高齢者施設で介護職2年半・年収290万のリアル
義務感だけで動いた——証拠を揃えて報告へ
爆発した私の行動は、意外と冷静なものでした。
怒鳴り散らすでも辞表を叩きつけるでもなく、「おかしな事実を訂正すればいいんじゃないか」という発想です。
夜勤手当・交通費・食事代の天引き・虐待・カルト宗教勧誘・虚偽求人——これらを全て証拠として整理しました。
給料明細、虐待を裏付ける音声、求人票のコピー。一つ一つに法的根拠を添えて。
そして、然るべきところへ報告しました。
・労働基準監督署
・監査指導課
・ハローワーク
各機関とも証拠の確かさを認め、「調査のうえ、然るべき対処を」と約束してくれました。
達成感というには程遠い、しかし「やり遂げた」感覚が私を襲いました。「これで多少は働きやすくなるだろう。利用者さんが安心して過ごせる介護事業所になるだろう」と。
そして、燃え尽きていた私の次の行動は、速やかな退職でした。
その後——会社は今も健在、求人票は変わったが
転職した次の職場では、のんびりと介護の仕事をしています。
前の職場は今も健在です。当時の同僚からたまに連絡が来ますが、「管理者は辞めた。足の引っ張り合いがひどく、離職者が多い」とのこと。相変わらずの様子のようです。
ただ、求人票だけは変わっていました。
「夜勤者の給与見直し!大幅アップ!」
そんな見出しを引っ提げて求人を出しているらしいのです。
「よくやるわ……」と思いました。私が指摘した違法状態を「改善」と呼び替えて、新しい人を募集している。組織の体質は変わっていないのに、表面だけ整えていく。
これが私のブラック企業体験です。
これから介護業界を目指す人へ
介護業界には派閥がつきものですが、それは現場の人間関係レベルの話。
事務所と現場が対立して、コミュニケーション不全に陥っている事業所は、間違いなくブラックの兆候です。利用者さんへの介護の質よりも、内部の足の引っ張り合いに労力が注がれてしまうから。
入社前に見抜くポイントは、求人票の細部です。
・夜勤手当が明記されているか
・交通費の上限が常識的か
・有給消化率の記載はあるか
・ボーナスの実績が具体的に書かれているか
そして、もし入社後に違法状態を発見したら、一人で抱え込まず証拠を揃えて専門機関に相談することをお勧めします。労基署も監査指導課もハローワークも、証拠さえあれば真摯に対応してくれます。
辞めるだけが選択肢ではない。でも、辞めるのも立派な選択肢です。私は両方を実行しました。
介護業界10年以上のベテランでも、3か月で見切りをつけることはあるのです。
関連記事:医療法人の老健施設で介護士10年|稟議書地獄と人事異動の闇
編集部より
介護施設なのに、この記事には「介護そのもの」の話がほとんど出てきません。それくらい、事務所と現場の分断と法令違反が日常を支配していた。伝達手段は踊り場の貼り紙、会議は現場へのダメ出しの儀式、そして求人票には夜勤手当の記載がない——全員が違法状態を知りながら、誰も言い出せず放置していました。交通費は一日100円、食事代は食べなくても天引き、有給は消化不可、残業代ゼロ、ボーナスは求人票だけ。10年以上のベテランが、感情ではなく証拠(給与明細・録音・求人票)を揃えて労基署・監査指導課・ハローワークへ報告し、3か月で見切ったのは、極めて理にかなった判断でした。
おかしいと気づいたら、一人で抱え込む必要はありません。夜勤手当の未払いや虚偽求人、虐待などは、証拠を揃えれば公的機関が真摯に対応してくれます。辞めるのも、告発するのも、どちらも立派な選択肢です。
困った時の選択肢
【介護は続けたいけれど、今の施設はおかしいと感じている方へ】
事務所と現場が対立し、介護より内部の足の引っ張り合いに労力が割かれる職場は、続けるほど消耗します。介護の仕事そのものを諦める必要はなく、運営方針のまともな職場はちゃんとあります。「介護JJ」は介護・福祉の資格をお持ちの方向けの転職サイトで、業界に詳しい担当者に、現場の実態まで踏まえて職場を相談できます(正社員希望の方向け)。
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そのほか、状況に合わせて選べる窓口です。
・もう自分では退職を言い出せない方は → 男性専門の退職代行に無料で相談する|男の退職代行
・女性の方や、性別を問わずまず相談したい方は → 弁護士による退職代行【ガイア法律事務所】に無料で相談する
夜勤手当の未払い・虚偽求人・虐待などの違法は、証拠を揃えて、お住まいの地域の労働基準監督署や各都道府県の労働相談窓口、ハローワークに相談・通報できます(無料)。

