リラクゼーションサロンに20代半ばで入店し、店長・エリアマネージャーとして10年勤続したあと、身内の事情で別業界に移った私が、いま振り返って思うのは——あの10年でついた「精神的に強くなった感覚」は、業界が変わった今も確実に効いているということです。
これは、罵倒する上司、サービス残業、同僚の顔面神経痛、そして上司の横領退職という、サービス業の管理職として通った10年の話です。
📌 体験者プロフィール
・年代:20代半ば〜30代半ば(体験当時、現在は別業界)
・業界・職種:リラクゼーションサロン業界・店長→エリアマネージャー
・雇用形態:アルバイト入店→アルバイト店長→正社員エリアマネージャー
・在籍期間:約10年
・退職状況:退職済み(身内の事情で別業界へ)
・体験形態:実体験ベース
・体験時期:2010年代
・現在の状況:身内の小売業を手伝うため別業界へ転職
※プライバシー保護のため、個人が特定されない範囲で仮名化・一部詳細を変更しています。
アルバイト入店から1年半で繰り上がり店長に
20代半ばで「手に職をつけたい」と思い、リラクゼーションサロンに入店しました。最初はアルバイト雇用、何も分からない新人の間は、同年代のスタッフばかりで、楽しくお客様に施術をしていた、いまでも穏やかに思い出せる時期です。
ところが入店から半年が経った頃、店長が退職しました。次の店長もしばらくして退職。1年ちょっとで私は副店長を任され、店長をしていた先輩はやってはいけないことをしていたのが本部にバレて、自主的に退職してしまい——気がついたら、私が繰り上がりで店長になっていました。
その時点ではまだアルバイトのままで、スタッフのシフト確保や会議への出席という、いまから思えば本当に表面的な仕事だけで済んでいました。お店の方針はエリアマネージャーが決めてくれていたので、責任のすべてを背負わされている感覚はなかった。この時期までは、まだ余裕があったんです。
エリアマネージャー登用と、前任者の愚痴の意味
そのエリアマネージャーもしばらくして異動になり、私がエリアマネージャーとして正社員登用されました。アルバイトの店長から、社員のエリアマネージャーへ。会社からすれば「ちょうどいい人材」だったのだと思います。
そこから、前任のエリアマネージャーが会社の愚痴をこぼしていた理由が、ようやく分かり始めました。シフトや会議だけを見ていた頃には見えなかった、本社の意向、上司からの圧、人員配置の硬直さ、現場の限界。アルバイト時代に「先輩、何でそんなに疲れた顔してるんだろう」と思っていた、その理由が、半年後には私自身の顔に映っていました。
サービス残業・有給なし・自前携帯——10年続いた当たり前
当時の上司は、行動力もあり頭の切れる人でしたが、自分が出来るのが当たり前という感覚で、こちらの「出来ない」がいまいち理解できないタイプでした。男女問わず同じように罵倒するスタイルで、人徳という言葉とは正反対の人。その上、本社の考えが「従業員は駒、使い捨て」という風にしか見えないようなところがあり、現場の温度感とはどうしようもなく噛み合っていませんでした。
具体的に何が起きていたかと言うと——
いくら残業しても「残業代も込みだから」と支払われない。労基署が厳しくなってくると、今度は「事務作業はタイムカードを切ってからするように」と、別の意味できつい指示が降りてきました。書類は減らない、出社時間は変わらない、ただタイムカードを切るタイミングだけが早まる。
有給は基本的に認められず、体調不良で休んでも欠勤扱いとして給料が減りました。勤務時間外の電話対応は当たり前、にもかかわらず携帯電話の支給はなく、スタッフからの相談を受けるのも自前の携帯。電話番号を一度教えると、土日も夜も、その番号は鳴り続けました。
「これはおかしいよね」と心の中でつぶやきながら、それでも目の前のシフトを回し、店舗の数字を追い、新人の相談に乗る——いま思えば、よく折れずに続けていたなと、自分でも思います。
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新幹線代がもったいないからと、後輩が眠れないまま運転した出張
ちょうどその頃、地方への出店ラッシュが続いていて、準備や教育で社員はあちこちに駆り出されていました。会社の方針は「新幹線代がもったいない」。なるべく出張日を合わせて、後輩のエリアマネージャーが何時間もかけて社用車を運転し、現地に着いてから眠れないままそのまま作業に入る、という日々が当たり前に組まれていきました。
人手不足はどこの店舗でも同じなので、自分の管理店舗が出張で手薄になり、結果として売上を落とすと、それはそれで上司から厳しい叱責が飛んできました。出張を命じてきたのは会社のほうなのに、現場の数字が落ちるのは現場の責任。この理不尽さに対しては、同僚のエリアマネージャー同士で愚痴を言い合って励まし合い、何とか支え合っていました。
上が厳しいと、自然と一緒に仕事をしている人たち同士で絆が生まれる——あの時期に同僚と築いた関係は、いまでも私の中で大きな財産です。
同僚の顔面神経痛と、ぶちまけて去った同僚
ある日、同僚の1人が体調を崩しました。しばらく休んで戻ってはきたものの、明らかにストレスを抱えていると分かる、顔面神経痛を発症していました。その症状は、上司の前に出るとひどくなる。
ただ、当の上司は、自分の前にいるときの状態が、他の人に対しても同じ状態だと思っていたようでした。さすがに仕事量を減らし、できる範囲のことをさせていましたが、その同僚は程なくして事業部を去ることになりました。
そこから、その人が請け負っていた仕事を「少しの間だけ」という前置きで割り振られ、残ったエリアマネージャーが引き継ぐことになりました。社会保障など出来るだけ支払いたくない会社としては、正社員はなるべく増やしたくない——「まずは今いる人達でやってみて」が方針でした。
ひときわ、上司のあたりが強かった同僚がいて、ずっと「何とか頑張ろう」と言い合ってきていました。でも色々なストレスを抱えて限界を迎えてしまい、ある日その上司に面と向かって、溜め込んだ思いをぶちまけて、辞めてしまいました。
その場にいたわけではないので、何を、どんな言葉で伝えたのかは分かりません。ただ、退職後に会ったときの彼の顔は、長く知っているはずの顔とは違う、すっきりとした顔をしていました。
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上司の横領疑惑と、ひっそりとした失職
上司からしてみると、自分は前職で同じように教育をされてきたようで、そんなにも嫌われていたとは思いもしなかった様子でした。同僚のぶちまけがきっかけで随分気を落とされ、そこから私たちに色々と気を遣うようになりました。罵倒もなくなった。
ただ、その後しばらくして——会社のお金を横領しているという疑惑が囁かれ、ひっそりといなくなりました。誰かが大きな声で何かを宣言するわけでもなく、ある日から机に座らなくなり、それきり、という終わり方でした。
10年勤続している中で、上司の失脚という光景を目の前で見るのは、特殊な経験だったと思います。「あの人にもこういう終わり方があったのか」と思った瞬間、自分の中で何かが少し冷めたのを覚えています。
10年でやっと変わった、勤怠管理の見直し
新しい上司が来て、業界全体の低迷もあって、閉店する場所も出てきました。物理的に管理店舗の数が減ったことで、私自身、エリアマネージャーらしい仕事——店舗を回って、スタッフを育てて、数字を作って——が少しずつ出来るようになってきました。
追い打ちをかけるように、勤怠管理と有給の見直しが入りました。10年勤めて、やっと、世間で言われている「働き方」のラインに自社が近づき始めた——そう感じたのを覚えています。
これは私一人で乗り越えられたことではありません。同じ辛さを分かってくれる人が傍にいたおかげで、精神的なきつさも乗り越えられたのだと、いまでも思います。
身内の小売に転職して気づいた、10年で身についていたもの
仕事量の多い日々は相変わらずでしたが、会社がスタッフ育成に力を入れ始めてくれ、それぞれキャパを超えない程度の忙しさに落ち着き始めていました。給料が増えたわけではないので、なんとなく転職しようかな、と頭の片隅で考えていた時期に、身内の仕事を手伝わなければならない事情が発生して、退職することになりました。
それまでとはまったく違う、小売の仕事です。身内という、これまで以上にワンマンで、こき使われ、給与体系もきちんと整っていない——いわゆるブラック企業に近い環境でした。
ただ、不思議なことに、そこで強制的に振られる色々な仕事を、私はそれほど苦に感じませんでした。リラクゼーションサロン時代に「強制的に多種多様な仕事を振られ、こなさなくてはならなかった経験」が、まったく違う業界で確実に役に立っていたんです。
パワハラとも取られかねない厳しい上司のもとで10年仕事をしていたことで、精神的にも、強くなっていた。「この人と合わないな」「何となく好きじゃないな」と感じる人に対しても、笑顔でいられたり、相手を気遣えたりするだけで、厳しい上司でも目をかけてくれる。そういうことを意識すると、どこへ行ってもなんとかやっていけるように感じています。
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同じ状況にいる管理職の方へ
最後に、いま似たような立場——管理職として板挟みになっている方や、強権的な上司のもとで「自分はもうダメかもしれない」と感じている方に、一つだけ伝えるとしたら。
「同じ辛さを分かってくれる人」が一人いるかどうかで、続けられる年数はまったく変わります。私は10年続けられたのは、まちがいなく、隣にいてくれた同僚たちのおかげでした。
そして、上司は永遠ではありません。私の上司は10年のうちに入れ替わり、強権的な上司は気を遣う上司に変わり、横領疑惑でひっそりと消えていきました。会社の方針も、労基署の指導や業界の変化で、少しずつでも動いていきます。
ただし、それを信じて10年我慢する価値があるかは、本人の体と心の状態によります。同僚が顔面神経痛になってから抜けたように、限界の手前で抜ける選択肢を持っておくことは大切です。私は運よく心身がもったから10年いられた、それだけかもしれない、というのが正直なところです。
編集部より
この体験談の重さは、罵倒や違法な勤怠管理そのものより、書き手がその10年を「精神的に強くなった」と肯定しながら、最後に「運よく心身がもっただけ」と静かに留保している点にあります。本社の数値目標と現場のあいだに立つ管理職は、上下の圧を一身に受ける位置にいます。残業代込みの建前、タイムカードを切ってからの事務作業、自前の携帯が鳴り続ける日々——それを10年回せたのは本人の頑張りであると同時に、隣に「同じ辛さを分かる同僚」がいたからでもある。耐えられたことは美談にも見えますが、顔面神経痛で先に抜けた同僚との差が、結局は運でしかなかったことを、書き手は見落としていません。
上司も会社の方針も、時間とともに入れ替わります。ただ、それが変わるまで自分の心身が持つかどうかは別の話で、限界の手前で抜ける選択肢を先に持っておくことは、耐えることと同じくらい大切な備えです。
困った時の選択肢
【強権的な上司のもとで「もう限界かもしれない」と感じている管理職の方へ】
本記事の同僚が顔面神経痛になってから抜けたように、限界のサインは体に先に出ます。「辞めたいと言い出せない」「引き止めや叱責が怖い」という段階なら、自分で交渉せずに退職手続きを代行してもらう選択肢があります。
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