バイトの面接で集まったのは13人。それが半年後には、私と友達の2人だけになっていました。
残りの11人は、みんな店長から逃げ出したんです。学校の近くにあった、ある回転寿司チェーンの店。私が高校3年の夏に飛び込んだ、最初のアルバイト先での話です。
📌 体験者プロフィール
・年代・性別:10代(体験当時・高校3年生)
・業界・職種:飲食店(回転寿司チェーンのホールスタッフ)
・雇用形態:アルバイト
・企業規模:個人経営に近い小規模店
・在籍期間:数か月
・退職状況:退職済み
・体験形態:実体験ベース
※プライバシー保護のため、個人が特定されない範囲で仮名化・一部詳細を変更しています。
軽いノリで始めた、人生初のアルバイト
私は高校生活のほとんどを部活に注ぎ込んでいて、アルバイトの経験はほとんどありませんでした。
ところが3年生のとき、学校の事情で夏の大会への出場がなくなってしまった。それまで目標にしていたものが急になくなって、宙ぶらりんな気分のまま、毎日をなんとなく過ごしていました。
そんな私を、同じ部の仲間が誘ってくれたんです。
「自分もやるから、一緒に応募しようよ。たくさん募集してるしさ」
知らない人ばかりの場所に一人で飛び込むのは不安だけど、友達がいるなら心強い。やることもないし、お小遣いも欲しい。やってみっか。本当にそれくらいの軽いノリで、私は近所の回転寿司屋に応募しました。
バイトのみんなが、やたらと派手だった
入店して最初に感じたのは、こうでした。
「なんか、バイトの人たちみんな派手だなぁ。飲食店なのに……」
ホールの女性たちはバッチリメイク。厨房の男性も、なんとも言えない、遊んでいそうな雰囲気。それでも皆さん明るくて元気がよく、とても親切でいい人ばかりだったので、仕事を覚えるのはそれほど苦痛ではありませんでした。
ただ、結束力がすごい。古株のベテランバイトばかりで、「もうみんなファミリーだぜ」というような空気が出来上がっている。新人の私がそこに入っていくのは簡単ではなくて、いつも一歩引いて、遠慮しながら接していたのを覚えています。
なぜこんなに古株が幅を利かせているのか。どうしてこんなに強そうな人ばかりなのか。その理由は、すぐにわかることになりました。
店長は、ゴリゴリの元ヤンだった
こわいオオカミの集団に放り込まれたヒツジ。働き始めてからの私は、まさにそんな気分で、店の雰囲気に慣れるのに必死でした。
業務をこなしながら、いつも周りの顔色をうかがう日々。中でも一番気にしていたのが、言うまでもなく店長でした。
店長は、最初はとても人当たりがよくてフランクな人に見えました。だから油断していたんです。ところが、ひとたび誰かがミスをすると、にこやかな表情が一変する。鬼の形相で睨みを利かせ、ドスの効いた声でどやしてくる。場合によっては厨房に引っ張っていって手を出された、というバイトもいたと聞きました。
それもそのはず。このお方、ゴリゴリの元ヤン、いや、もはや現役だったんです。
休憩室には「おれのバイブルだから」と、おもむろにヤンキー漫画が置いてある。従業員として働く奥さんは、金髪のヤンママ。どう見ても、ザ・ヤンキー。お客さんが少ない時間帯になると、昔の武勇伝をバイトたちに披露して、若者が盛り上がるのを嬉しそうに眺めていました。
私の住む街は、もともと柄の悪い人が多い土地でした。出身中学も、巷で悪名高いいわゆる荒れた中学だったので、ヤンキーには多少の免疫があったつもりです。私の兄も中学時代はそういう感じで、学ランのボタンを全部開けて廊下を肩で風を切って歩くような人でした。
それでも、大人のヤンキーは初めてでした。こんなに怖いとは思わなかった。中学の同級生なんて全然かわいいものだったんだな、と、私は社会の洗礼を受けたのでした。
13人いたバイトが、最後は2人になった
幸い、真面目に当たり障りなく働いていた私は、店長にひどくやられることはありませんでした。
でも、最初に13人で集まったバイトは、最終的に友達と私の2人だけになっていました。あとはみんな、店長に恐れをなして辞めていったんです。
冷静に考えると、おかしいんですよ。新装開店でもない、小さな寿司屋。そこで一度に13人も募集する。おかしくないですか、おかしいですよね、なぜ気づかなかったワタシ。大量募集と大量退職には、理由があって当たり前なんです。
当時でこの状態だったので、今の若者なら3日も持たないだろうな、なんて今でも思います。
これで、どうして派手でイケイケな人ばかりが古株として残っているのかが、はっきりわかりました。張り切って働き始めても、超こわい店長のもとでは力を発揮できず、新人がどんどん辞めていく。だから、強い人だけが生き残るんです。
ヤンキーって、一度「こいつは仲間」と思った相手は本当に大切にする、熱い人たちでもあります。逆に言えば「感情のないやつはとっとと帰りな」というスタンス。そう気づいたとき、妙に腑に落ちたのを覚えています。
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質が悪いのは、人だけじゃなかった
働く人の話ばかりしましたが、訂正させてください。「質が悪い」というのは店の状態のことで、人については「ガラが悪い」が正しい言い方でした。ごめんなさい。
質が悪かったのは、老朽化した店舗のほうです。古いレーン、穴だらけの椅子、剥がれたクロス、そして雨漏りする天井。雨漏りする、天井です。
それでも、周りに似たような飲食店が少なかったこともあって、店はそれなりに繁盛していました。忙しい時間帯も、あの古株たちの持ち前のチームワークでうまく回していたんです。
ところが、そんなチームに暗雲が立ち込める事件が起こります。
ある土砂降りの日、天井が抜けた
ある土砂降りの日のことでした。
私はいつものように、定位置でホール業務をこなしていました。私の定位置は、お土産用のタッパーや醤油のストックが入った棚の前。隣には順番待ち用のソファもある、人通りの多い場所でした。
幸い、雨のせいでお客さんはまばらで、待合のソファには誰も座っていませんでした。
そのときです。突然、ソファの真上の天井が抜けたんです。そこから雨水がどっと入り込んで、もう営業どころではありません。飲食店ですから、なおさらです。
穴がそこまで大きくなかったのと、下にお客さんがいなかったことが不幸中の幸いでした。大事には至らなかったのですが、ちょうど私も辞めたいと思っていた頃だったので、正直、好都合だったと思います。
飲食店として致命的な傷を負った店は、後に閉店しました。
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その後の、あの店
それからしばらくして、近くに同じ名前で新しい回転寿司の店がオープンしました。
しばらくは行くのをためらっていましたが、辞めてから何年も経っていたので、思いきって入ってみたんです。知っている顔は見つけられませんでした。店長の姿を探そうにも、厨房は完全に壁の向こうで、確かめるすべもありません。少し寂しいような気もしたし、同時に、少しホッとしたのも覚えています。
あんなひどい環境で、ヤンキーだらけの店で働くのはもうごめんです。でも、在籍中に一度も店の寿司を口にしなかったのは、よかったのかもしれません。
今でも、あの店の近くを通ると、ふっと当時のことを思い出すのでした。
編集部より
小規模で個人経営に近い飲食店では、店長一人の人柄とマネジメントが、職場の空気をほぼ決めてしまうことがあります。この体験談で起きた「13人で始めたバイトが半年後に2人になる」という現象は、その典型です。新装開店でもない小さな店が一度に大量募集をかけるのは、それだけ人が辞めている裏返しであることが少なくありません。定着率の低さそのものが、働きやすさの危険信号です。派手で気の強い古株だけが生き残るのも、怖い店長のもとで新人が力を出せずに辞めていくからで、これは本人の弱さではなく環境の問題です。
初めてのアルバイトは、社会との最初の接点になりやすいぶん、合わないと感じても「自分が我慢すれば」と無理をしてしまいがちです。でも、職場の空気が体質的に合わないと感じたとき、そこから離れる判断は決して逃げではありません。とくに学生のうちは、自分が安心して働ける場所を選び直す経験そのものが、これから先の働き方の土台になります。
困った時の選択肢
職業特化の窓口がある記事ではないので、状況に合わせて選べる先を挙げておきます。
・今の店が合わないと感じたら、別のバイトや派遣を探してみるのも手です → 次のバイト・派遣を探す【CONV】
暴力的な叱責や、明らかに危険な労働環境(雨漏り・設備の老朽化など)に直面したときは、一人で抱え込まずに相談してください。お住まいの都道府県の労働相談窓口や、総合労働相談コーナー(厚生労働省)は、学生でも無料で相談できます。つらい気持ちが続くときは、よりそいホットライン(0120-279-338)も24時間無料で相談に乗ってくれます。

