この世で一番難しいことは何だと思いますか。私は迷わず「人と関わること」だと答えます。それを仕事にするのが、販売職でした。
19歳、憧れだけでアパレルの世界に飛び込んだ私は、最初の数ヶ月で心をズタズタに引き裂かれました。
でも、その地獄の先で「人と関わるのはこんなに楽しくて素敵なんだ」と気づけたのも、また販売職でした。
これは、しんどさと魅力を両方味わった私の話です。
📌 体験者プロフィール
年代・性別:10代後半〜20代女性(体験当時19歳〜)
業界・職種:百貨店内アパレルショップ販売員(レディースブランド)
当時の立場・役職:販売スタッフ
退職状況:退職済み(その後、複数の仕事を経験)
体験形態:実体験ベース
※プライバシー保護のため、個人が特定されない範囲で仮名化・一部詳細を変更しています。
手取り16万、そのうち5万が洋服代で消えていく
先に正直なことを書いておきます。販売職はしんどいです。やったことのある人なら、誰しも一度は「自分には向いていない」と口にするんじゃないかと思います。
そして、お金の話もごまかさずに書きます。
・毎月の手取りは16万円ほど
・自分の店の洋服を、毎シーズン実費で買わなければいけない
・多い月は5万円ほどが洋服代で飛んでいく
ただでさえ低い給料から、新作が出るたびにお金が消えていく。お店に立つために、お店の服を着ていなきゃいけない。
当たり前のことのようでいて、手元に残る額を見るたびに、何のために働いているんだろうと小さくため息が出ました。
関連記事:新卒で入ったアパレル販売がブラックすぎた話|残業代ゼロ・自爆営業・休み月5日で退職
19歳、初めて見ず知らずの人に怒鳴られた日
販売職を始めたのは19歳の頃でした。社会に出てまだ年数が浅かったのもあって、一つひとつの出来事がいちいち衝撃的だったのを覚えています。
なかでも忘れられないのが、親でも身内でもない、まったく知らない人から初めて叱られた日のことです。しかも叱られた内容は、どう考えても理不尽なものでした。
見ず知らずの人に怒鳴られるって、こんなにもつらいんだ。今でも何を言われたのか、一言一句思い出せるくらい、深く刺さった出来事です。
その日は、家に帰る道中でどうしても我慢できずに泣いてしまいました。ただ理不尽だったから泣いたわけではありません。
「これから先ずっと、こういう人と関わって生きていかなきゃいけないんだ」という、出口の見えない絶望感からこぼれた涙でもありました。
お客様より、職場の人間関係のほうが削られた
つらかったのはお客様だけではありません。むしろ職場の人間関係のほうが、じわじわと私を削っていきました。
私が勤めていたのは百貨店で、姉妹ブランドが近くの店舗に入っていたこともあり、人間関係がうまくいかない場合は別の店舗へ移ることも許されていました。理由は自分でもよく分からないのですが、私はとにかく店長との相性が悪く、人事を通しては陰で言い合いのようなことをしていました。
私がいたのはレディースの洋服を扱うブランドで、販売員は全員女性。そういう環境もあってか、職場の空気は少しどろどろとしていました。
どうしても上司とうまくやっていけず、最終的に私は姉妹店へ移ることになります。今振り返れば、この異動こそが、私にとっての大きな転機でした。
関連記事:ジュエリーショップ販売員バイト3ヶ月|大声強要の体育会系と教育放棄で同期4人中3人辞めた話
姉妹店に移って出会った、売上が落ちない店長
移った先の店長は、洋服を売るというより、お客様との会話そのものを楽しんでいるように見えました。
毎シーズン届く新作のデザインやコンセプトを、お客様に丁寧に話す。でも、メインはあくまで会話のほうでした。
洋服とはまったく関係のない世間話をしているのに、その店長の売上が坊主の日は、一日もなかったのです。
自分のレジが開かない理由を「洋服のせい」にして、「これだけ洗練されたデザインなら、黙っていたって勝手に売れるでしょ」と思っていた私は、その光景に静かにハッとさせられました。
「黙ってても売れる」と思っていた自分が恥ずかしくなった
どれだけ洗練されたデザインの服でも、その魅力を販売員が生の声で伝えるからこそ、作り手の意図や気持ちがお客様に届く。そうやって初めて、その人だけの特別なコーディネートができあがるんだ。あの店長を見ていて、私はようやくそのことに気づきました。
そして、伝えるためにはまず、お客様との信頼関係がいる。当たり前のようでいて、当時の私がいちばん飛ばしていた部分でした。
商品が良ければ売れる、ではなく、この人から買いたいと思ってもらえるかどうか。順番が逆だったんだと、ここで思い知らされたんです。
相手を“推理”する接客で、売上も自分も変わった
信頼関係を築くうえで、私がいちばん大切だと感じたのは、相手が何を求めているかを的確に見抜くことでした。
人の身なりは、その人自身を表しています。たとえば、お召し物に毛玉がついていたり、少し服がヨレていたりしたら、私はその人を二択に絞ります。
・洋服を何年も大切に着続けている人
・洗濯表記を見ずに洗ってしまう、ちょっとめんどくさがりな人
そのうえで、今日着ているものについてさりげなく訪ねてみて、どちらのタイプかを推理し、それぞれに合った提案をその場で考えて差し出します。
こう書くとなんだか探偵の推理のように聞こえますが、人間関係において相手を推理することこそ、あの難しい人付き合いを打破する手がかりなんじゃないかと、私は思うようになりました。
それからは心理学の本も読むようになりました。さすがにあの店長のレベルには届きませんでしたが、最初の頃に比べれば売上も上がり、いつのまにか接客することそのものが好きになっていました。あれだけ「向いていない」と泣いていた仕事が、です。
関連記事:イベントスタッフのバイトに二度救われた話|トラウマとうつからの社会復帰を支えてくれた
財産や地位より、経験だと思う
相手をよく見れば、自ずと見えてくる答えがあります。
こう書くと「よくある話だよね」で終わらせてしまう人もいると思います。でも、経験した人にしか絶対に分からないことが、この世にはあります。
あのお客様に理不尽に怒鳴られて泣いた日があったからこそ、私は人と関わることの楽しさや素敵さに気づくことができました。
財産や地位より、私は“経験”だと思っています。心をズタズタにされたあの地獄も、ぜんぶ含めて、販売職という仕事がくれた魅力でした。
関連記事:大学時代の居酒屋バイト3年強|表彰ボーナスと接客スキルが社会人で活きるリアル
アパレル販売が「向いていない」と感じている方へ
アパレル販売の難しさは、低い基本給に社販の慣習が重なって、手取りがさらに削られるところにあります。手取り16万円のうち多い月は5万円が洋服代に消える、という数字がその典型です。
しかもお客様対応と店内の人間関係という、二つの感情労働を同時に抱える。消耗が外から見えにくい仕事です。
それでもこの話が示すのは、同じ販売でも店長ひとりで売上も空気も一変するということ。「向いていない」のは販売職そのものより、たまたま当たった店や人との相性かもしれません。移る・離れる選択肢を持っておくこと自体が、自分を守る手段になります。
困った時の選択肢
【今の店や人間関係が合わないと感じる方へ】
今の店長や店の空気が合わなくても、アパレル販売そのものが嫌になったとは限りません。
同じ販売でも、ブランドや店が変われば雰囲気はまったく違います。「iDA」はアパレル・ファッション・コスメ業界に特化した転職サービスで、今の経験を活かせる店を探せます(全国・正社員/派遣・20〜50歳)。
→ アパレル業界で店・ブランドを変える【iDA】(全国・20〜50歳)
そのほか、状況に合わせて選べる窓口を挙げておきます。
・販売の仕事そのものから離れて、事務職へ移りたい方は(対象:20〜32歳・東京・埼玉・神奈川・千葉・大阪・京都・愛知・兵庫・福岡)
→ 販売・サービスから事務職へ【ジムノミカタ】(既卒・フリーター・非大卒も対象)
社販や低賃金、理不尽なクレームに悩むときは、総合労働相談コーナー(厚生労働省・無料)に相談できます。つらさが続くときは、よりそいホットライン(0120-279-338・24時間・無料)も利用できます。
気になった一冊を、まず無料で試す方法もあります。接客や心理の本、働き方を見つめ直す本を読むと、視野が少し広がることがあります。
・読んでみる → Kindle Unlimited(30日間無料体験)
・聴いてみる → Audible(30日間無料体験)
社販で買った服も、お客様の前に立つ服も、毛玉やヨレがあると印象が変わってしまいます。長く綺麗に着るために、衣類用の電動毛玉取り器を一つ持っておく人もいます。

