人生で初めて、トイレの個室でご飯を食べることになった日のことを、今でもはっきり覚えています。
弁当箱を膝の上に置いて、ドアの内側を眺めながら箸を動かす。お客さんからの賑やかな笑い声が、壁の外からくぐもって聞こえてくる。「何をしているんだろう、自分は」と思ったら、急に情けなくなって涙が出そうになりました。
これは、農村型テーマパークの遊具部門で2年4ヶ月働いた、20代男性の話です。
📌 体験者プロフィール
・年代・性別:20代男性
・業界・職種:農村型テーマパーク・遊具部門の接客(園内一周車の運転手+ゴーカート・自転車・ゲーム類の接客)
・雇用形態:正社員
・企業規模:中堅企業(従業員300〜999人)
・在籍期間:2年4ヶ月
・退職状況:退職済み
・体験形態:実体験ベース
※プライバシー保護のため、個人が特定されない範囲で仮名化・一部詳細を変更しています。
農村型テーマパークの遊具部門という、ちょっと変わった職場
入社して配属されたのは、地方にある農村型のテーマパークでした。動物や農作物、自然を売りにした、ファミリー層向けの大きめの施設です。
その中で私が任されたのは「遊具部門」。園内を一周する観光用の車を運転したり、ゴーカートや自転車、ゲーム類の接客をしたりするセクションでした。
最初は、子供の頃に遠足で行ったような場所で働けることが純粋に嬉しかったです。仕事内容も、ただ車を運転するだけと言えばそうなのですが、お客さんとの距離が近くて、笑い声を聞きながら一日を過ごせるのは悪くないと思っていました。
入った頃の自分は、こんな職場で2年半もパワハラを受け続けることになるなんて、想像すらしていませんでした。
朝9時から夕方6時まで、園内一周車のハンドルを握る毎日
1日のスケジュールは、だいたい決まっていました。
・朝9時に出勤して朝礼
・10時の開園に向けて園内を清掃、車の点検と軽油を補充
・時間があれば遊具の道具なども一緒に片付ける
・冬場以外は午後4時くらいまで、園内一周の車の運転がメイン
・閉園の5時までは遊具に戻り、ゲーム・ゴーカート・自転車の接客
・売上のお金を勘定して、6時くらいに退社
園内を一周する車は、観光客を乗せてゆっくり走るタイプの大きな車両でした。決まったコースを何周も、何周もする仕事です。バス停のような乗降所が園内に設置されていて、そこから出発する仕組みでした。
平日と日曜・繁忙期で動きはまったく違います。混んでいる日は車内が満員になることもあって、お客さんから「あれは何ですか」「ここはどう行けばいいですか」と矢継ぎ早に質問されます。逆に平日の閑散期は、乗客ゼロのまま一周してしまうこともありました。
団体さんがやってくる日は本当に大変で、何十人もの人を順番に乗せて、説明をして、笑顔で応対する。疲れる仕事ではありましたが、慣れてくるとそれはそれで楽しい時間でした。
仕事自体は楽しかった、最初のリーダー時代
入社した時、遊具部門には「リーダー」と呼ばれる責任者がいました。
このリーダーは本当に良い人でした。優しくて、教え方も丁寧で、何かやらかしてしまっても頭ごなしに怒鳴ったりはしない人です。新人の私にもちゃんと向き合ってくれて、わからないことを聞けば順序立てて説明してくれました。
同じ年代の同僚も多くて、仕事終わりに少し話して帰る日もありました。忙しい日は本当にバタバタするのですが、終わったあとに「今日もきつかったね」と笑い合えるような空気があって、職場の人間関係はむしろ良いほうだと感じていました。
団体さんなど大人数のお客さんを相手にするので、いろんなタイプの方と接します。クレーマー寄りの人もいれば、ニコニコ話してくれる人もいる。挨拶の仕方、声のトーン、説明の組み立て方。そういう接客の基礎が、この時期に少しずつ身についていったと思います。
ただ、入社して1年も経たないうちに、そのリーダーが退職してしまいました。理由は今でも詳しくは知りません。
そして、ここから職場の空気が一変することになります。
造園長Iさんが上司になった日から、すべてが変わった
リーダーが辞めたあと、てっきり遊具部門の中から後任が選ばれるものだと思っていました。経験者の方が現場のことをわかっているからです。
ところが、会社の判断は違いました。後任に選ばれたのは、「造園」という別の部門の長でした。
造園は、園内の植え込みや手入れをする部署です。事務所が遊具部門と近くにあるという、それくらいの理由で兼任が決まったようでした。もちろん、遊具部門の現場に立った経験はゼロです。
その方を仮にIさんとします。年齢は50代くらい、昔ながらの職人気質で、ベテランではあるけれどとにかく怖い人でした。怒鳴る、怒る、理不尽なことを言う。遊具のみんなが「これはまずいことになった」と顔をしかめていました。
Iさんが上司になってから、遊具部門のベテランたちが次々と辞めていきました。一人、また一人と園内一周の車の運転を担当していた先輩がいなくなり、入って1年もしていない私に、その担当が回ってくることになりました。それまではゴーカートの担当だったので、一気に責任が重くなった感覚です。
そして、なぜかIさんは特に私のことを目をつけていました。園内をぐるぐる回る車は目立つので、自然と視界に入りやすかったのかもしれません。
容姿のことを、普段からよくからかわれました。お客さんがいる前であっても、関係なく言ってきます。傷つきましたが、揉めたくなかったので「はい、すみません」と笑って受け流すしかありませんでした。今思えば、あれが日常的なハラスメントの始まりだったのだろうと思います。
「事務所で食うな」から、トイレで昼食を取る日々へ
平日のお昼休みは、決まった時間というものがありませんでした。お客さんの少ない時間を見て、「次は何時から運行します」という看板をバス停に立てて、その間に食事を取るやり方です。
決められた休憩時間が取れるわけではないので、食べて少ししたらすぐ車に戻る。そんな感じでした。日曜や繁忙期は、Iさん本人がお昼の交代に車のところまで来てくれることもありました。来てくれるといっても、決まった時間じゃないので、混んでいる日は午後1時、2時になることも普通にありました。
ある日、いつも通り事務所に戻ってお弁当を食べていると、Iさんが怒った顔で入ってきました。
「お前、いちいち戻ってくるな。こっちで食べるんじゃねえ!」
そう吐き捨てて出ていきました。
周りにいた遊具の同僚たちもびっくりして、「あれは何だったの?」という顔をしていました。私自身も、なぜ突然そんなことを言われたのかわかりません。今までは事務所で食べていて何も言われていなかったのに、急にダメ出しが来たのです。
その日から、事務所には戻れなくなりました。仕方なく、園内の外にあるベンチでお弁当を広げることにしました。少し開けたところで、お客さんの動線からは少しだけ外れたベンチです。
ところがしばらくすると、また怒った顔でIさんがやってきました。
「お客さんに見える所で食うんじゃねえ!見えないところで食え!」
これにはさすがにカチンと来ました。でも怒鳴り返しても無駄だとわかっていたので、冷静に聞き返しました。
「見えない所って、一体どこにそんな所あるんですか?」
すると返ってきた言葉が、
「知らねーよ!とにかく、お客さんから見えるところで飯食うな!」
──知らねーよ、です。
園内一周の車の中はガラス張りなのでお客さんから見えます。どこかの建物に入っても、当然お客さんがいる場所ばかりです。具体的にどこで食べればいいのか、いくら考えてもわかりませんでした。
結局、頭に浮かんだのは「トイレの個室で食べる」という選択肢だけでした。
次の日から、お弁当を持ってトイレの個室に入る生活が始まりました。便座に腰掛けて、膝の上に弁当箱を置いて、ドアの内側を眺めながら食べる。人生で初めて、トイレでご飯を食べることになりました。
食べていて、ふと自分が情けなくなりました。社会人として、人として、こんなところで昼食を取らなければいけない仕事って何なんだろう、と。あの時の感覚は今でも忘れられません。
しばらくそういう日が続いたのですが、誰かがもっと上の人に言ってくれたのかもしれません。ある時を境に、また事務所で食べていいことになりました。詳しい経緯はわからないままです。
酔っ払いのお客さんと、何度も書かされた領収書
Iさんとのことばかり書いていますが、お客さん絡みでも辛いことはありました。
施設ではお酒も出していたので、午後になると酔っ払いのお客さんが増えてきます。中には変に絡んでくる人もいて、ろれつの回らない声で説教されたり、意味のわからない注文をつけられたりすることが何度もありました。
特によく覚えているのは、領収書のクレームです。
私が書いた領収書を見て、「字が汚いからやり直せ」と言われる。書き直して持っていくと、「これもダメだ」「もっと丁寧に書け」とまた突き返される。3回、4回と書き直しを命じられた覚えがあります。
字に自信があるわけではないですが、明らかに読めないレベルではありません。ただ、酔っぱらった勢いで因縁をつけたかっただけなのだろうと思います。それでも、その場では我慢して頭を下げ続けるしかありませんでした。
接客業を経験したことのある人なら、「お酒の絡んだお客さんを相手にするしんどさ」がわかってもらえるんじゃないかと思います。
1年半続いたパワハラの末、退職を決めた
Iさんとの「今でいうパワハラ」みたいなやり取りは、結局1年半以上続きました。
容姿のからかい、事務所追い出し、トイレで食事、理不尽な怒鳴り声、できないことを命じてくる無茶振り。一つひとつは「我慢すればやり過ごせる」レベルのものでも、それが毎日積み重なっていくと、心身が確実にすり減っていきます。
「気持ち的にもう無理だな」と感じる場面が増えてきました。朝、出勤前に気が重い。事務所に向かう道で足が止まりそうになる。あの怒鳴り声を今日も聞かなければいけないのかと思うと、車の中で深呼吸を繰り返してから出勤するような日が続きました。
最終的に、退職することにしました。
辞める時の心境を一言で表すなら、「やっと、この場所から離れられる」でした。仕事自体は嫌いじゃなかった。同僚との関係も悪くなかった。それでも、一人の上司との関係性だけで、ここまで気持ちが追い詰められるものなのか、と自分でも驚いたほどです。
振り返って、同じ状況にいる人へ
退職してからしばらく経って、ようやくあの2年4ヶ月を冷静に振り返れるようになりました。
仕事内容自体は、楽しい部分もたくさんありました。子供たちの笑顔、団体さんから「楽しかったよ」と声をかけてもらった瞬間、同僚と笑い合った仕事終わりの時間。そういうものは確かに自分の中に残っています。
そして、たくさんのお客さんと接したおかげで身についたものもありました。挨拶の仕方、いろんなタイプの人への対処の仕方、クレーマー相手でも冷静さを保つ訓練。あの時の接客スキルは、その後の自分の仕事でも役に立ちました。
ただ、上司との相性が悪い職場で耐え続けることのリスクは、想像以上に大きいと思います。たった一人の上司の存在で、あれだけ多くの先輩たちが辞めていった事実が、それを物語っていました。
もし今、同じような状況で苦しんでいる人がいるなら、伝えたいことがあります。
理不尽な上司は、本当に無理だと感じたら、もっと上の人に相談するか、それでも変わらないなら他の仕事場への転職を考えたほうがいいです。合わない人とは合わないし、話が通じない人もいます。そういう相手に正面から向き合い続けるのは、消耗するばかりで得るものが少なすぎます。
自分のことを第一に考えてください。職場は、たくさんあります。
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編集部より
この体験談で象徴的なのは、「お客さんから見えない所で食え」という命令です。ガラス張りの一周車も、園内のどの建物も、客のいる場所ばかり——どこで食べても叱られる状況に追い込まれた書き手が、最後にたどり着いたのがトイレの個室でした。実行不可能な命令は、相手に逃げ場を一切残さないという一点で、怒鳴り声以上に人を削ります。もう一つ見落とせないのは、Iさんが来てから遊具部門のベテランが次々と辞めた事実です。一人の上司との相性で多数が離職するのは、本人の我慢が足りないからではなく、組織が人材定着の問題を放置しているサインだと読めます。
合わない上司に正面から向き合い続けても、消耗するばかりで得るものは多くありません。仕事も同僚も悪くないのに一人の上司で追い詰められているのなら、それはあなたの忍耐不足ではない。限界が来る前に、上に相談するか、離れる選択肢を持っておくことが大切です。
困った時の選択肢
【理不尽な上司の下で「もう限界かもしれない」と感じている若手の方へ】
この体験者が最後に書いているように、職場はたくさんあります。「合わない上司の職場で耐え続ける」以外の道として、第二新卒・若手の転職に強いエージェントに、ほかの職場の選択肢を一度見せてもらう手があります(18〜29歳・全国対応)。
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