入社初日に「辞めたい」と思った18歳の私
20年近く前の話になりますが、私は高校卒業後、地元の調剤薬局会社に新卒で入社しました。
社名こそ「調剤薬局」ですが、実際にはショッピングセンターや飲食店も経営している中規模の地元企業で、私が希望していたのは調剤事務の仕事でした。
ところが、いざ入社してみると、配属先は店舗販売員。
「調剤事務希望って伝えたよね…?」と頭が真っ白になりましたが、18歳の世間知らずだった私には、それを跳ね返す力はありませんでした。
そして、配属初日に出会ったのが、1人目のお局だったのです。
1人目のお局|40代後半・独身・黒髪ロングの「圧」
最初に上司についたのは、40代後半で独身、黒髪ロングをなびかせた女性でした。
正直に言うと、当時18歳の私から見て、彼女の存在は恐怖でしかありませんでした。
1人目のお局の特徴
・40代後半
・独身 ・黒髪ロングのストレートヘア
・口調が常に強く、有無を言わせない
・新人を「言われるがまま」動かすタイプ
彼女に言われるがまま、私は希望していなかった洋服店の販売員としてスタートを切ることになりました。
入社初日にして「辞めたい」と本気で思いましたが、社会人1日目で辞めるなんて選択肢は当時の私の頭にはなく、ただ毎日出勤するしかありませんでした。
年上の職員ばかりの職場で、入社初日からつらい思いをした体験談は、こちらの記事もあります。
会計事務所2ヶ月で退職|未経験27歳が舌打ち所長と熱でも出社強要で限界きた話
勇気を出して異動希望を伝えた結果…2人目のお局登場
数週間が経ち、私はついに勇気を出してもう一度「調剤事務がやりたい」と伝えました。
返ってきた答えは、
「調剤の事務は足りてるから、隣の化粧品販売部門に行ってもらえる?」
というもの。
調剤部の隣にある化粧品販売部門に異動になったまではよかったのですが、そこに待っていたのが2人目のお局でした。
2人目のお局の特徴
・40代の人妻
・全身ハイブランドで身を固めている
・化粧品販売員らしい厚化粧
・新人を見るなり値踏みするタイプ
この上司は私を見るなり、周りの先輩に向かってこう言いました。
「こんな化粧気のない子を販売員にしていいの?」
本人を目の前にしてその発言です。
化粧品にまったく興味のなかった当時の私は、内心「興味ないのに配属したのはそっちなのに…」と思いながらも、何も言えず化粧品の知識を一から叩き込まれる日々が始まりました。
「ぼーっとするしかない」休日|心が削られていった3ヶ月
化粧品販売の仕事自体は、たくさんの商品に触れるうちに「使ってみたいな」と思える瞬間もありました。
でも、それ以上に販売ノルマと商品知識を詰め込む疲れがピークに達し、休みの日は家でぼーっとするしかできなくなっていきました。
両親からは「もう辞めなさい」と毎日のように言われていました。
それでも、お局2人に「辞めます」と伝える勇気が出ず、ダラダラと3ヶ月ほど働き続けました。
救いだったのは調剤部の先輩と同期の存在
ただ、この会社で唯一の救いだったのが、調剤部の先輩たちと同期の存在でした。
調剤部の先輩たちはみんな優しくて、お昼を一緒に食べてくれたり、何気なく話しかけてくれたり、若い私のことをとても気遣ってくれました。
同期は6人いて、それぞれ別の販売員として働いていたので一緒に仕事をすることはありませんでしたが、休憩中に愚痴を言い合ったり、世間話で笑い合ったりできる仲間でした。
この会社で得られた本当のもの
・同期との友情(今でも連絡を取り合う関係)
・18歳の社会勉強
・化粧品の知識(多少だけど)
正直、この3つがなければ半年も持たなかったと思います。
同期との関係が苦しい職場を乗り切る支えになるのは、私だけの経験ではありません。大学生時代にブラックスーパーで半年アルバイトをした方の体験談にも、違約金やタイムカード捏造といった理不尽な環境の中で「戦友」となった同期2人との交流が綴られていて、若い時の苦境で同僚に救われる構造の共通点が見えてきます。
違約金5000円・制服代5000円|大学生時代に半年で辞めたブラックスーパーのリアル
3人目のお局|社長の内縁の妻が現れた日
化粧品販売員として3ヶ月ほど経った頃、ある女性が店に現れました。
最初は「化粧品を買いに来たお客様」だと思っていたのですが、その女性は社長の愛人と噂されていた人でした。
後で知ったのですが、社長は離婚していて、彼女は内縁の妻という立場でした。経営にも関与している人物だったのです。
彼女は私を見て、ぼそっと一言。
「あー、この子か」
何の意味で言ったのか、20年経った今でも分かりません。
ただ確実に感じたのは、この人もまた、気の強さが滲み出ている女性だということでした。
3人のお局は実は派閥対立|連携の取れない会社の末路
そして、後になって衝撃の事実を知ります。
3人のお局は、それぞれ意見が合わず、影で対立していたということです。
・1人目のお局(40代後半・独身)
・2人目のお局(40代・人妻・化粧品販売)
・3人目のお局(社長の内縁の妻)
それぞれが自分の意見を通したくて、3すくみのような状態。
そんな会社に18歳の私が放り込まれていたわけです。
「もうこの会社には居られない」
そう決意するまで、そう時間はかかりませんでした。
社会保険未加入のまま退職|求人票との違い
退職を決意した私は、もう一つの問題に気付きました。
求人票には「社会保険完備」と書かれていたのに、実際は未加入のままだったのです。
入社時に何の説明もなかったので、私自身も半年経って退職するときに初めて知った事実でした。
会社経営も厳しい状態だったのかもしれませんが、社員を守れない、上司同士が連携を取れない会社は、大きくなれない。
これは20年経った今でも変わらない実感です。
事実、その後私の同期6人全員が退職しました。
退職を伝えた瞬間の上司の一言
退職の意思を最初の上司(1人目のお局)に伝えたとき、返ってきた言葉はこれだけでした。
「あ、そうなの。分かった。」
それだけ。
引き止めも、理由を聞かれることもなく、あっさりとした退職完了でした。
「私は必要とされていなかったんだな」と感じた瞬間で、20年近く経った今でもこのシーンを鮮明に覚えています。
それくらい、人生の社会経験として焼き付いているのだと思います。
次の会社は11年続いた|退職はマイナスじゃない
退職後、私はすぐにサービス業の事務職に転職しました。
その会社は、11年続けることができました。
・会社のあり方が誠実だった
・待遇がきちんとしていた
・自分の向上心が保てる環境だった
この3つが揃っていたから、11年も続いたのだと思います。
そして、お局3人の会社で得た経験があったからこそ、お客様の気持ちを汲み取る対応がスムーズにできた実感があります。
20年経った今、伝えたいこと
会社への不満は、まず自分を棚上げしていることが必ずあります。
これは退職後にようやく気付けたことでした。
ただ、それでも伝えたいのは、
「退職はマイナスじゃない、プラスへ向かうステップアップになる退職もある」
ということです。
合わない会社で消耗し続けるより、思い切って次のステージに進んだほうが、人生の総合的な幸福度は上がる。
18歳の自分には判断できなかったかもしれませんが、退職を決断したあのときの自分を、今では心から褒めてあげたいです。
男性の体験談ですが、大手小売業の店長を1年で任されて心身ともに限界を迎え、2年で退職した方の話もあります。サービス・販売業のブラック構造は職種を問わず根が深い問題です。
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