「お願いします、買ってください」
冬の寒い玄関先で、私は泣きながら土下座をしていた。冬タイヤを一本でも多く売らなければ、会社に戻れない。そう思い込んでいた新卒1年目の自分にとって、泣くことも、頭を床にこすりつけることも、売れるなら安いものだった。いや、そう思わされていたのかもしれない。これは、就職氷河期に「どこでもいいから」と飛び込んだ自動車ディーラーで、1年で心がすり減っていった私の話です。
📌 体験者プロフィール
・年代・性別:20代男性(体験当時22〜24歳ごろ)
・業界・職種:自動車ディーラーの営業(新車・中古車販売)
・雇用形態:正社員
・在籍期間:約1年
・退職状況:退職済み(ストレス性の体調不良。適応障害と診断されました)
・体験形態:実体験ベース
・体験時期:2000年代後半(リーマンショック後の就職氷河期)
※プライバシー保護のため、個人が特定されない範囲で仮名化・一部詳細を変更しています。
どこでもいいから、と焦って決めた就職先だった
私は大学を卒業して、最初に就いた仕事が、とあるディーラーの営業マンでした。
特別、車関連の仕事に就きたかったわけではありません。ただ、その頃はリーマンショックの煽りをまともに受けた就職氷河期で、「もうどこでもいいから、とにかく内定を取らなければ」と焦って決めた就職先でした。
だから入る前から、車への思い入れなんてほとんどなかった。慌てて決めた就職先だったこともあって、結局、勤続年数は1年程度とごく短いものになり、すぐに退職することになります。退職の理由は精神的な体調不良、適応障害でした。
なぜ1年でそうなってしまったのか。まずは、私がやっていた仕事の中身から話していきたいと思います。
車だけ売っていればいい仕事ではなかった
車の営業マンなので、まずは新車・中古車の販売が第一の仕事です。
それだけかというと、とんでもない。次に車検や点検といったサービス入庫の獲得もしなければなりませんし、車に関連するもの、タイヤや保険などの販売・契約も当然のように営業の担当でした。
意外なところでは、スマホの契約や農機具の販売、生命保険まで、車とはまるで関係のないものまで売らなければなりません。「これも数字だから」と渡されるたびに、自分が何屋なのか分からなくなっていく。正直、これはかなり大変でした。一つひとつの商材に知識が必要で、覚えることだけがどんどん増えていくのです。
始業の2時間前から、無給の雑用が待っていた
就業時間は朝10時始業、夕方17時30分終業ということになっていました。
ですが、一度もその時間通りに働いたことはありません。だいたい朝8時過ぎには出社し、夜は9時くらいまで会社にいるのが当たり前。早出代も残業代も、ほぼ付きません。基本はサービスです。
特に新人は、朝8時過ぎに出社すると、全員分のデスクの水拭き、展示車のホコリ取り、試乗車の洗車と、数えきれない雑用が待っています。これにももちろん、賃金は一切発生しませんでした。始業前の2時間は、まるごと「タダ働き」として組み込まれていたのです。
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自己申告のノルマが、なぜか毎回つり上げられる
朝礼が終わると、月初であれば各部署のミーティングがあり、各自の営業ノルマを決めていきます。
形式としては自己申告です。ですが、自分で数字を出すと、上司から「低すぎる」と必ず指摘される。結局は、自分では到底届かないと感じるノルマを与えられることになります。私は在籍した1年の間、一度もノルマを達成できたことがありませんでした。
「自分で決めたノルマだろう」と言われても、実態は決めさせられたノルマです。達成できないのは自分のせい、という空気だけが、毎月きっちり積み上がっていきました。
外回りのガソリン代は、ほとんどが自腹だった
ミーティングが終わると、営業回りに出発します。
もちろん車であちこち回るのですが、その車は社用車ではなく、自分の自家用車です。会社が買い上げてくれるわけでもありません。そしてガソリン代も、一部は会社支給になるものの、まったく足りず、大半は自腹を切る形になってしまいます。
つまり、真面目に回れば回るほど、手元に残るお金は減っていく。売るために動いているのに、動くほど貧しくなる。この一点だけでも、何かがおかしいと感じるには十分でした。
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新人に回ってくる客は、もう誰も残っていなかった
営業には、担当エリア=テリトリーが与えられます。
とはいえ新人が、そう多くのテリトリーをもらえるわけがありません。しかも与えられたテリトリーのお客様は、すでに別のベテラン営業マンの担当で、わざわざ新人の自分に担当を変えてくれるお客様などいませんでした。
真面目に営業に回れば、ものの1〜2ヶ月で一通り回り終わってしまう程度の広さです。同じお客様の家に、短いスパンで何度も顔を出せるはずもなく、段々とできることが無くなっていく。それでも月末はどんどん近づいてきて、ノルマは未達成のまま、時間だけが過ぎていきました。
泣きながら土下座して、冬タイヤを売った
一度だけ、冬タイヤのセールスで「何としてでも売らなければ」という時に、たまたまお客様の家に上がらせてもらえたことがありました。
話を進めていく中で、私は最後に、泣きながら土下座までして、どうにか一本買っていただきました。あの時は、泣くことも土下座をすることも、売れるなら安いものだとしか思っていなかった。いや——本当のところは、そう思わされていたのかもしれません。
そして、その冬タイヤのノルマをようやくクリアしそうになった時です。上司からこう言われました。「そんなに売れるなら、ノルマ追加でもっと売ってこい」。届きそうになった瞬間に、ゴールがまた遠くへずらされる。あれは、身体的にも精神的にも、本当にこたえました。達成は最初から、させてもらえない仕組みになっていたのだと、今なら分かります。
売れても叱られる。何を売れば正解なのか分からなかった
車の販売でも、なんとかお客様と商談を進めて、お買い上げいただいたことがありました。
喜んで上司に報告すると、返ってきたのは叱責です。「車だけ売ってもしょうもない」「アレはつけたのか」「なぜこのサービスに加入してもらえてない」「保険はなぜウチのものじゃないんだ」。売っても、必ずどこかを責められる。
売上を上げなければならないので、言われること自体は仕方ないのかもしれません。ですが、何をどう売っても叱られる毎日の中で、新人の自分には、この仕事のやり甲斐がまったく見出せなくなっていました。
体調を崩して有給を取ったら、非常識だと言われた
そんな辛い時期に、一度だけ体調不良で有給を使ったことがありました。
すると次の日、上司に呼ばれてこう言われたのです。「新人が有給を使ってはいけない」「非常識だ」「使うなら事前に上司と相談して、営業成績を上げてからにしろ」。さすがにこれにはびっくりしました。
体調を崩すことすら許されない。権利として与えられているはずの有給が、成績と引き換えの「ご褒美」のように扱われる。この会社で、自分の体は誰も守ってくれないのだと、はっきり感じた瞬間でした。
手取りより、自腹のほうが増えていく月もあった
給料は、新人ということもあって、基本的には総支給20万円くらい。そこから引かれて、額面上は18万円程度の収入でした。
ところが、先ほど書いたように、ガソリン代など自腹で手出ししているものが、毎月3万円から5万円ほどあります。差し引くと、高校を出たばかりの新卒社会人より低いのでは、と思うほどの手残りしかありませんでした。
もちろん、車の販売や入庫で手当ては付きます。ですがそれも、1台販売して1,000円、車検入庫で400円といった微々たるもので、自腹のガソリン代すら賄えるものではなかったのです。働けば働くほど、財布が軽くなっていく感覚だけが残りました。
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石の上にも三年、なんて待たなくていい
このような体験の積み重ねから、私は退職を考えるようになりました。
ただ、やはり迷いはありました。勤続年数が短いと、次の就職活動で不利になるのではないか。「石の上にも三年」というように、最低3年は我慢しなければならないのか、とも考えました。
けれど今になって思うのは、勤続年数が短いことは、まったく不利にならないわけではないにせよ、だからといって転職ができなくなるなんてことは、絶対にないということです。むしろ、やりたくもなく辛いことを続けて、若さや時間を失っていくくらいなら、早めに見切りをつけて、次に向けた行動を起こすべきだと思いました。
転職にも辛いことはたくさんあると思います。それでも、もし毎日がただ辛くて、何もかも投げ出してしまいたくなるようなら——私はその頑張りを、本当の自分の居場所を探すことに使ってほしいと、強く思っています。
編集部より
この体験談で目を引くのは、ノルマが「自己申告→低いと却下→届かない数字に再設定」という流れで決められていた点です。自分で決めた形をとりながら、達成できない水準に必ず引き上げられ、いざ届きそうになると「追加でもっと」と上乗せされる。構造として、最初から達成させない設計になっています。そこへ、自家用車・ガソリン自腹で「売るほど手取りが減る」逆転が重なれば、努力が報われる回路そのものが断たれてしまう。これは個人の能力や根性の問題ではなく、仕組みの問題だと、編集部は考えます。
辞めるか続けるかを決める前に、まずは「自分が消耗している原因は、自分側にあるのか、仕組み側にあるのか」を一度切り分けてみてください。一人で抱え込むと判断がにぶります。信頼できる人や、下記の窓口に状況を言葉にしてみるところからで構いません。
困った時の選択肢
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そのほか、状況に合わせて選べる窓口を挙げておきます。
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・辞める前に、他業界の働き方や年収・口コミを調べて比べておきたい方は
→ ワンキャリア転職(口コミ・選考体験談で他業界を知る)
・心身がすり減っていると感じる方は、抱え込む前に、自分の気持ちを整理するセルフケアから
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