名札はつけているのに、名前で呼ばれることは一度もありませんでした。
「バイトさん、これやって」「そこのバイトさん、それお願い」。無数にいるうちの一人。顔も覚えられない、その他大勢。
去年の夏、私はパン工場で2週間だけ働きました。製造アシスタントのアルバイトです。きつい仕事ではありませんでした。むしろ、誰でもできる単純な作業です。それなのに、こんなに自分を「道具」だと感じた仕事は、後にも先にもありません。
これは、簡単な作業なのに時間が経つのがとにかく遅かった、ある食品工場の短期バイトの話です。
📌 体験者プロフィール
・業界・職種:パン工場の製造アシスタント(食品製造の補助作業)
・雇用形態:パート・アルバイト(短期)
・在籍期間:2週間
・当時の立場・役職:製造補助のアルバイト
・退職状況:退職済み(決めていた2週間の期間満了で終了)
・体験形態:実体験ベース
・体験時期:夏(短期)
※プライバシー保護のため、個人が特定されない範囲で一部詳細を変更しています。
年齢のせいで落ち続けて、軽い気持ちで応募した
そのバイトが決まるまで、いくつか他のバイトに応募していました。でも、年齢のせいなのか、ことごとく不採用。担当者が不在だとか、後日あらためて連絡しますとか、そういう生返事ばかりで、結局そのまま音沙汰なし、という会社がほとんどでした。
正直、ここもどうせダメだろうな、と思っていました。だから本当に軽い気持ちで、パン工場の求人に応募してみたんです。
ところが、電話口にいきなり採用担当の人が出ました。今日これから面接会をやっているので、よかったら来られませんか、と言うのです。不採用続きだった身としては、二つ返事で承諾しました。あんなにあっさり「会いましょう」と言われたのは、ずいぶん久しぶりでした。
採用すら「流れ作業」だった面接会
自宅から車で40分ほどのところにある、大きなパン工場でした。車で通るたびに大きな看板はよく見ていたけれど、中に入るのは初めてです。
電話で言われたとおり、守衛さんのところで「バイトの面接に来ました」と伝えると、入館証を渡されて、駐車場を案内されました。守衛のおじさんは、特に怪しむでもなく、淡々とした、というかそっけない対応。きっと、こういうやり取りが毎日のようにあるのだろうな、と想像しました。
入口を入ると、無数の下駄箱にずらりとシューズが並んでいました。ここで履き替えが必要らしく、どれを選べばいいのか迷いながら、ひとつ手に取って面接会場へ進みます。
10人ほどが座れる部屋に、机と椅子。すでに3人ほど座っていて、予定の時間になるころには8人になっていました。担当者が出てきて、就業内容を書いた紙を配り、名前を呼ばれた人から別室で面接、という流れです。採用担当は3人ほどいて、次々と呼ばれては出ていきます。
こういう面接会を、よほど頻繁にやっているのでしょう。すっかり流れができあがっていました。人の出入りが激しいんだろうな、と、ここでも想像してしまいます。個別の面接も、就業内容の確認とこちらの意思確認だけで、あっけなく採用。しかも、明日から来てほしい、とのことでした。
落ち続けていた身としては、本当にありがたかった。ただ、後から思えば、採用そのものが、もう流れ作業の一部だったのかもしれません。
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自分が機械の一部になっていく
工場だから仕方がないのですが、とにかくルールが細かく決められていました。車を停める場所、靴を脱ぐ場所、身だしなみ、制服の下に着るTシャツの色、靴下の色、マスクの付け方、帽子のかぶり方。
できていないと、まるで生徒を注意する先生のように、「それ、ダメ」と叱られます。
仕事の中身は、流れてきたパンにナッツを振りかける、パンを重ねる、カゴに並べる、といった単純な作業です。ただ、コンベアーのスピードに合わせ続けなければならないので、気づけば自分も機械の一部になったように動いている。手だけが勝手にパンを追いかけているような感覚でした。
誰でもできる仕事だから、誰でもいい仕事。きつくはないけれど、とにかく単調で、時間が経つのがびっくりするほど遅い。そのくせ、ぼーっとすることも許されません。手を止めれば、すぐ次のパンが流れてくるからです。
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名前で呼ばれず「バイトさん」だった
現場にはバイトを指導する社員がいるのですが、お互いマスクと帽子をしているので、表情も見えないし、声も聞き取りづらい。名札はつけているのに、名前で呼ばれることはありませんでした。「バイトさん、これやって」「あれやって」と、無数にいるうちの一人としての役回りです。
まあ、それがバイトだと言ってしまえばそうなんですけど、なんだか、道具になったような気分になるんです。
作業の内容も現場も、その日の出社時に、バイトの人数などを見て決まるようでした。だから、同じ場所に続けて入ることはほとんどありません。迎える側の社員も、いちいちバイトを覚えないし、育てるつもりもない。こちらも自分の都合のいいシフトで入れてもらっている以上、仕方のないことなのかもしれません。
でも結局、2週間のあいだ、仲良くなったバイト仲間も、社員も、一人もできませんでした。ただ道具として、その場その場に置かれて働くだけ。それだけの2週間でした。
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怒鳴って帰ろうかと思った日
これまで、こんなに顔の見えない、道具のような働き方をしたことがなかったので、毎日が苦痛でした。現場では、あいさつも雑談も一切ありません。あるのは、作業の指示だけ。
社員のほうもバイトを道具として見ているから、使えない道具には腹が立つ。まあ、当然といえば当然なのかもしれません。
一度、カゴの中に製品を決まった数だけ詰める、という作業で、私は数を間違えてしまいました。それを、若い女性社員に手ひどく怒られたんです。
「こうしなさいって、言ったよね!」
そう怒鳴りながら、イライラした様子で、私の作業を修整していく。ろくに説明もせず、「わからなかったら言って」と言われても、初めての作業を一度聞いたくらいで全部飲み込めるはずがありません。
正直、すごくみじめな気分になりました。なんでそこまで言われなきゃいけないんだ、と腹も立ちました。こっちだって人間です。雑に扱われれば、腹も立つ。
次に同じことを言われたら、「初めての人間に、そこまで言う必要があるのか!」と怒鳴って、そのまま帰ってやろう。そう思いながら、黙って手を動かしていました。
幸か不幸か、その後は失敗もなく、実際に怒鳴ることもないまま終わりましたけど。
それでも救いだった、食堂と社員価格のパン
働き始めて3日もしないうちに、最初に決めたシフトの期限である2週間が過ぎたら、二度とやらない、と心に決めていました。
それでも、気に入っていたところはあります。
ひとつは、300円くらいで利用できる食堂。味もよくて、ボリュームもあって、大満足でした。持ち出しは厳禁でしたが、食堂の中でならパンも無料で食べられます。さらに、出社するとその日に作ったパンをお土産にもらえる。工場内の売店では、食パンや菓子パンが100円以下で買えました。普通のお店で買う値段の半額以下です。これは、大いに利用させてもらいました。
職場ではまともに話すこともなかったけれど、その売店の店員さんとだけは、なぜか笑顔で話せたんです。名前も知らない相手でしたが、あの何気ないやり取りが、2週間のなかで唯一の救いでした。
道具のように扱われた2週間で、最後に心に残ったのが、パンの味と、売店での笑顔だった。今思うと、それも少し皮肉な話です。
編集部より
短期の大量採用を前提にした工場では、人の出入りが激しいことがあらかじめ織り込まれています。だからこそ一人ひとりの名前を覚える運用にはなりづらく、配属もその日の人数で動く。「誰でもできる作業」を「誰でもいい人手」で回す設計そのものが、働く側に道具のような感覚を残してしまうケースは少なくないようです。一方で、現場の冷たさと、食堂や売店で交わすほんの一言の温かさは、案外べつものとして共存します。合う・合わないは、作業のきつさよりも、こうした扱われ方への耐性で決まる部分が大きいのかもしれません。
短期のつなぎとして割り切るのも、自分はこういう働き方が向いていないと知る機会にするのも、どちらも前に進む材料になります。次にどう動くか、いくつかの窓口を置いておきます。
困った時の選択肢
【単調なバイトから抜け出して、正社員を考えたい方へ】
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そのほか、状況に合わせて選べる窓口を挙げておきます。
・まずは次のバイト・派遣を落ち着いて探し直したい方は
→ アルバイト・派遣の求人を探す【コンブ】
・道具のように扱われて気持ちがすり減った方は、抱え込む前に自分の気持ちを整理するセルフケアから
→ 心のAIパートナー【Awarefy】(自己理解・セルフケアアプリ)
公的な窓口としては、総合労働相談コーナー(厚生労働省)や、よりそいホットライン(0120-279-338)が無料で相談に乗ってくれます。
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コンベアの前で同じ姿勢のまま立ち続けると、帰るころには足の裏や腰がじんわり重くなってきます。その負担を少しでも逃すために、立ち仕事用の衝撃吸収インソールを使っている人もいます。
