「顧客満足第一」。
高齢者施設がよく掲げる、立派な看板です。
でも、その看板の下で削られていくのは、たいてい職員のほうでした。
慢性的な人手不足。休めない。サービス残業。有給は取らせてもらえない。それでも「お客様のために」と踏ん張って、ある日ふと気づくんです。
私たちは、満足することのない沼の底にいるんだ、と。
これは、その「顧客満足第一」を掲げる高齢者施設で、介護職員として2年半働いた40代女性Aさんの話です。
📌 体験者プロフィール
・年代・性別:40代女性(体験当時40歳半ば〜40代後半)
・業界・職種:高齢者施設の介護職員
・雇用形態:正社員
・在籍期間:2年半
・年収:約290万円(基本給12〜13万円・ボーナス夏15万円冬17万円)
・退職状況:退職済み
・体験形態:実体験ベース(編集部が体験者から聞き取って記事化)
※プライバシー保護のため、個人が特定されない範囲で仮名化・一部詳細を変更しています。
引っ越しが、すべての始まりだった
40歳半ばのとき、ようやく便が良くて住みやすそうな物件を見つけました。
ただ、通勤には不便な立地でした。電車もバスも使えない。徒歩圏内に職場もない。自転車でどうにか通える距離にあったのが、その高齢者施設だったんです。入社を決めたのが、すべての始まりでした。
それまでも別の高齢者福祉施設で介護を続けてきていたので、引っ越したばかりの不慣れな土地とはいえ、わりと軽い気持ちで飛び込みました。
当時の待遇はこんな感じです。
当時の待遇
・年収:約290万円
・基本給:月12〜13万円
・ボーナス:夏15万円・冬17万円
・雇用形態:正社員
決して恵まれた条件ではありません。それでも「介護の経験はあるから大丈夫だろう」と、どこかで楽観していたんです。
朝礼夕礼で待ち構えていた女性ケアマネジャー
入社して最初に驚いたのは、毎日の朝礼30分・夕礼30分に、ランダムで参加しなくてはならない決まりでした。1日の始まりと終わりに申し送りをする業務です。
申し送りは1人あたり5分程度にまとめる。当時の私はまだ慣れていなくて、上手くまとめきれずに時間を超過する失態を、よくやらかしていました。
そこに目をつけてきたのが、ある女性ケアマネジャーでした。
普段は存在感が薄くて、誰にも気にされないような物静かな人です。それが、申し送りの場になると豹変するんです。
他部署の従業員も同席している場で、ツッコミどころ満載とばかりに、大声で間違いを指摘してくる。新人だった私は何度も大恥をかかされました。今も苦い記憶として残っています。
普段の地味で物静かな印象と、申し送りの場での豹変ぶり。
その二面性のギャップこそが、私を精神的に追い詰める要因のひとつでした。
1日が、運動量との戦いだった
高齢者施設の介護職は、想像以上に体力勝負の仕事です。朝から晩まで、ほぼ早足ウォーキングと同じ強度で動き続ける。
早足ウォーキングというのは、一定のリズムで「ハアハア」と呼吸できるくらいの強度を、長時間続ける有酸素運動のことです。介護の現場は、まさにそれに近い。
気づけば体力の維持と増進が自然と図られている、ある意味では健康的な職場とも言えます。
ただし、生まれつき虚弱体質で疲れやすい人には絶対に向きません。特に女性にはおすすめできない仕事だと、私は思います。
職場の独身20代の女性ですら「家に帰る頃にはクタクタで、もう寝るだけ」と話していました。子育て中のママさんは、辛うじて時短勤務でしのぐのが精一杯。フルタイムで働いて家事も育児も回せる人は、ほぼ見当たりませんでした。
ゴールの見えないCALL対応マラソン
介護職員にとって最大の負担になるのが、CALL対応です。
1時間おきに顧客の居室を巡視して安否確認する。それに加えて、居室から鳴るCALLにも即時対応しなくてはなりません。
企業理念は「顧客満足第一」。どんなに忙しくても、呼ばれたら即対応が基本中の基本でした。
CALLの内容は、本当に多様です。
・「不安だから来てほしい」という呼び出し
・「間違えてCALLボタンを押してしまった」というケース
・「CALLボタンは押してないけど勝手に鳴った」という訴え
これらが引っ切りなしに発生して、居室から居室へと走り回ることになります。
さらに、認知症由来の「不穏・妄想・徘徊・弄便行為」への対応まで重なると、もうゴールの見えないマラソンです。心臓破りの重労働、というのが当時の私の実感でした。
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ハイリスク・ローリターンな“反サステナブル”な現場
介護の現場は、そもそも反サステナブルなんじゃないか。今でも、そう振り返ります。
たとえば、高齢者1人につき朝昼夕の3回の食事がある。居室から食堂までを3往復する計算です。そこに排泄介助、入浴介助、衣服の着脱介助が加わる。
少ない従業員で多人数の高齢者を介護して、移動させる。その行為そのものが、もう持続不可能なんです。お金さえ払えば解決する、というレベルの話ではありません。
従業員側が背負うリスクは、多岐にわたります。
従業員が抱えるリスク
・心身の不調やストレス性の体調不良
・腰痛・膝痛などの身体的な故障
・追い詰められた末の虐待リスク
・感染症のリスク
これだけのリスクを抱えながら、基本給は12〜13万円。潰れたら終わり、という形で使い捨てられていく。
「人にやさしい仕事」と思われがちな介護職ですが、肝心の従業員に対してはまったくやさしくない。それが現実でした。
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体力と企画力は、確実に身につく
ここまでブラックな面ばかり書いてきましたが、メリットも確実にありました。
朝な夕なに高齢者の足代わりとして動き続けるので、体力は自然とつきます。というより、求められると言ったほうが正確かもしれません。
そして「顧客満足第一」を掲げる施設なので、顧客のためのイベントを企画するのも仕事のうちでした。
少ない予算で顧客に満足してもらえる企画書を提出して、実行に移すまでの労力は計り知れません。それでも、高齢者の喜びの声や笑顔が一瞬でも垣間見えるのは、この仕事ならではの瞬間でした。
企画力を求められる環境で、確実に企画する力は鍛えられた。退職した今も、この力は別の場面で生きていると感じています。
唯一の救いは、カリスマ施設長とチームワーク
入社してみて気づいたのは、20代から40代の、才気煥発で個性的な女性従業員が多く在籍していたことでした。
そして何より、クール・ビューティーなカリスマ性を持った女性の管理者兼施設長――B施設長の存在は、職員みんなの憧れでした。
あの感情的な女性ケアマネジャーを除けば、チームワークは抜群でした。コミュニケーションも問題なく取れて、人間関係の良好さが、働くモチベーションに直結していました。
人間関係の良し悪しが、ブラック職場で踏みとどまれるかどうかを決める。これは、退職後に何度も思い返す教訓です。
仲間とカリスマ施設長がいなければ、もっと早い段階で限界が来ていたかもしれません。
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顧客満足第一という沼から抜け出した日
退職を決めたのは、ある意味で離脱でした。逃げ出したのではなく、抜け出したんです。
果たして、人が満足することなんてあるんでしょうか。CSAT――顧客満足度の沼にハマると、なかなか抜け出せなくなります。
顧客の期待にどれだけ応えられるか。どれほど多くの心を掴めるか。それを追求しすぎると、今度は従業員側の不満足につながっていく。
慢性的な人員不足、休みが取りづらい、サービス残業、有給休暇の取得NG。それらが積み重なった末に、私は呆然とした状態で退職を決めました。
「顧客のため」という看板の下で従業員が削られ続ける。そこに、もう自分の体力と精神力を捧げることはできない。そう判断したんです。
これから介護職を目指す人へ
最後に、これから高齢者施設での介護職を目指す人へ、伝えたいことがあります。
介護の仕事そのものには、確かにやりがいがあります。高齢者の笑顔、感謝の言葉、企画イベントでの一瞬の輝き。それらは本物です。
ただし、施設選びは慎重にしてください。特に「顧客満足第一」を強く掲げる施設は、要注意です。
耳触りはいいんです。でも、その理念が従業員側にどれだけ無理を強いているかは、入ってみないと分かりません。
見学のときにチェックしてほしいポイントを、挙げておきます。
入社前に確認したいポイント
・職員の平均年齢と勤続年数
・有給取得率の実態
・残業時間と申し送り時間の扱い
・1人あたりの担当利用者数
・施設長やケアマネジャーの普段の様子
これらをしっかり聞いて、納得してから入社を決めてください。
引っ越しが先でも、職場が先でも構いません。ただ、「自転車で通えるから」という理由だけで職場を選ぶのは、正直あまりおすすめできません。
顧客満足第一の沼にハマる前に、自分自身の満足度を守ってください。それが、長く介護の仕事を続けるための、一番の秘訣だと思います。
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「顧客満足第一」の施設で消耗しているあなたへ
「顧客満足第一」を掲げる施設で起きていたのは、満足を追うほど職員の余白が削られ、1時間ごとの巡視も鳴り止まないCALLも、すべて基本給12〜13万円の上に積み上がっていく一方通行でした。
顧客の満足に終わりがない以上、そこから抜けたのは逃避ではなく、見極めだったのだと思います。
同じ資格と経験でも、働く場所を選び直すだけで続けやすさは変わるので、限界まで抱え込む前に、今の状況を一度だれかに言葉にしてみてください。
困った時の選択肢
【介護の資格を活かして、今より自分に合った職場を探したい方へ】
介護の仕事そのものは続けたいけれど、今の施設の働き方はもう限界。そんなときは、施設介護のほかに訪問介護・デイサービス・小規模多機能・グループホームと、働き方の選択肢があります。「介護JJ」は介護・福祉の資格をお持ちの方向けの転職サイトで、業界に詳しい担当者に、今より無理なく続けられる職場を相談できます(正社員希望の方向け)。
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