大学教員の闇|業績主義・派閥・モンペで限界きて専業主婦になった話

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「ご職業は?」と聞かれて「大学の教員です」と答える瞬間、正直に言うと、優越感のようなものを感じていました。

「尊敬します」「頭いいんですね」「すごいですね」

返ってくる反応は、いつもこんな感じ。教授や准教授というポストに就いたときは、その肩書きを言うのが心地よくさえありました。

でも、そんな気持ちは長くは続きませんでした。大学教員という仕事のストレスが、想像をはるかに超えていたからです。

最終的に私は、大学教員を辞めて専業主婦になりました。世間から見れば「もったいない」と言われる選択かもしれません。それでも、私は今の生活に満足しています。

これから書くのは、大学教員という職業の知られざるリアルです。これから大学教員を目指す人、すでに大学で働いていて疲弊している人、そして「大学教員ってどんな仕事?」と興味を持っている人に、何かのヒントになれば嬉しいです。

「先生は休みが多くていいね」という大きな誤解

大学教員と聞くと、世間の人は何となく「優雅で時間に余裕のある仕事」というイメージを持っているかもしれません。

夏休みや春休みは長い、授業のコマ数は少ない、研究室にこもって好きなことをやっていればいい——そんなイメージ。

実態は、まったく違います。

大学では「教育と研究、両方の柱をこなして一人前」とされます。これがそもそもの大変さの原点です。高等教育機関であり、同時に研究機関でもある大学において、教員はその両側面を担う必要があるからです。

授業の準備、講義、ゼミ指導、学生の論文指導、研究活動、論文執筆、学会発表、学内委員会、入試業務、オープンキャンパス、教員採用人事、外部資金獲得のための申請書作成。

全部やります。

夏休みや春休みは、確かに授業はありません。でも、授業がない期間にこそ研究を進めるのが大学教員のリアルです。論文を書き、学会発表の準備をし、外部資金の申請書を書き、来期のシラバスを作る。休んでいる暇なんてどこにもありません。

ストレス①:業績競争という名の不公平ゲーム

大学教員の最大のストレスは、業績を積み上げることへのプレッシャーでした。

大学教員の評価軸は基本的に「研究業績」です。論文の本数、学会発表、外部資金獲得額。これらが昇進に直結します。

問題は、研究時間の確保が、教員の立ち回りの上手さで決まることです。

大学には「○○委員会」という雑用が無数にあります。入試委員会、カリキュラム委員会、学生部委員会、図書委員会、FD委員会、自己点検評価委員会など、数え切れません。これらの仕事は、ほとんどの場合、本人の研究業績とは関係ありません。

立ち回りの上手い教員は、こういう仕事をうまく避けます

「いやー、今学期は研究で手一杯で」 「来期から国際共同研究が始まるので」 「この時期は学会発表が立て込んでいて」

それらしい理由を並べて、するりと逃げていく。そして空いた時間で論文を書き、業績を積み上げる。

一方、立ち回りの下手な教員は、これらの仕事を一手に引き受けます。委員会、委員会、また委員会。授業の合間はすべてその活動で消える。

じゃあ授業の準備はいつやるのか。夜です

通常業務が終わってから、ときには19時頃までの授業を終えてから、ようやく研究室で授業準備を始めるのです。当然、時間外勤務という概念はありません。すべて自分の時間を持ち出すしかない。

講義名義貸しという闇の慣習

さらに腹立たしいのが、講義の名義貸しでした。

授業のコマ数を最小限に抑え、講義担当者は自分の名前だけ載せておいて、実際の授業は下の教員——助教や非常勤講師——にやらせている、そういう人がいます。

教育は大学教員の本来業務のはずなのに、研究活動に比べると評価のウェイトが低いから、こういう抜け道が生まれます。

結果として、雑用も教育もうまく逃げて研究にいそしんだ教員が、最も多くの業績を積み上げる。学内で昇格し、より上のポストの大学から引き抜きの声がかかる。

これが大学教員の世界の不合理です。

そして、こういう業績第一主義の大学では、教員間の人間関係も当然よくありません

大人の集まりですし、社会的地位もある人たちですから、表面的にはそれなりの品位を保っています。でも、心の底から信頼し合えるような人間関係はほとんどない。なんとなく希薄で、上辺だけの付き合い。

「なんだかなあ」と思いながら、毎日笑顔で挨拶を交わしていました。

ストレス②:大学にもモンペがいる

大学教員のストレスとして、もうひとつ大きかったのが保護者対応です。

「え、大学なのに?」と思いますよね。

これも、大学のレベルによります。学生の質の高い優良大学では、こういう問題は少ないかもしれません。でも、私が在籍していたような中堅以下の大学では、深刻な問題として存在していました。

学生のレベルが低いと、まず単位の認定そのものが困難になります。

「ここは大学だよね?」と疑いたくなるような計算を教えないと、その上に積み上げる専門知識が理解できない。手取り足取り、本来は高校までで身につけているべき内容を教えることになります。

そして、自学自修ができる学生がほぼ一握りしかいない。授業を真面目に聞いて、自宅で予習復習をして、自力で発展的な学習に取り組む——そんな学生に出会えたら涙が出るほど嬉しい、というレベルです。

それでも、試験をして単位を認定するのが教員の仕事です。多くの学生のために、答案やレポートから何とか加点できる箇所を探し、合格点に近づけようと努力します。それでも足りなければ追試をします。それでもダメなら、残念ながら不合格にせざるを得ません。

そして、ここで登場するのが「」という存在です。

「弁護士に相談します」という脅し

不合格にした学生の親から、こんなクレームが入ります。

「先生の教え方が悪いんじゃないですか」 「月曜1コマ目に授業を組むのが悪い」 「うちの子だけ落とすのはおかしい」

挙句の果てには、こう言われます。

弁護士に相談します

そうなると話が大きくなります。学部長、学長、事務局長などのトップ陣まで出てきて、私にこう言うのです。

「先生、なんとかしてください」

なんとかしろと言われても、規程通りに不合格にしただけなのに、組織の上層部から「対応しろ」と圧力をかけられる。これがどれだけストレスフルか、想像できるでしょうか。

「いるよねー、モンスターペアレント」

私が在籍した大学でも、知り合いの教員が在籍した別の大学でも、この話で意見が一致します。大学だからモンペがいない、なんてことはまったくないのです。

30代後半、限界が来た

業績競争のプレッシャー、立ち回りの上手い同僚への嫉妬、表面的で希薄な人間関係、学生のレベルの低さ、そしてモンペ対応。

すべてが少しずつ積み重なって、私はある日、考えました。

この貴重な人生を、こんなストレスに費やしていていいのか

私たちの人生は、明日命があるかすらわからないものです。あと何年生きられるかも、誰も保証してくれません。それなのに、毎日18時間以上もストレスに苛まれながら過ごす生活を、いつまで続けるべきなのか。

決して高くない給料、立ち回りの上手い同僚たちの昇進、終わらない委員会業務、夜中まで続く論文執筆。

退職を決意しました。

専業主婦という選択への葛藤

最終的に私は、教員を辞めて専業主婦になりました。

正直、葛藤はありました。あれだけ努力して大学教員になり、教授・准教授というポストまで上り詰めたのに、それを手放して専業主婦になる。世間からは「もったいない」と言われそうな選択です。

収入面でも、不安はありました。これまでの安定した収入が一気にゼロになるのですから、当然です。

それでも、決断しました。

理由はシンプルです。自分の人生を、自分のペースで生きたかったから

同じく教員を辞めて専業主婦になった元中学教師の体験談も、こちらの記事で紹介しています。 中学教師を辞めて専業主婦になった話|モンペ・サビ残・いじめ隠蔽に疲れた私の本音

専業主婦になって気づいた「時間」の価値

退職して専業主婦になってから、私の生活は劇的に変わりました。

朝、決まった時間に起きる必要はありません。委員会の準備に追われることもありません。学生の親からのクレームに怯えることもありません。立ち回りの上手い同僚と無駄な競争をする必要もありません。

ゆったりと、自分のやりたかったことに、自分のペースで取り組める毎日。これが、こんなにも充実するものだとは、現役の頃には想像もできませんでした。

収入面のことを考えると、確かに大学教員時代の方が安定していました。でも、1日の18時間以上を教員業務に拘束されることを考えると、その給料は決して高いとは言えなかったと、今なら分かります。

時間という最も貴重な資源を、自分のために使えるようになった。それだけで、私は今の選択に満足しています。

これから大学教員を目指す人へ

最後に、これから大学教員を目指す人に伝えたいことがあります。

大学教員は、確かに社会的地位のある仕事です。研究を通じて社会に貢献できる、素晴らしい職業でもあります。

でも、その裏には、業績競争・委員会雑用・人間関係・モンペ対応といった、想像以上のストレスが待っています。「優雅な研究生活」というイメージで進路を決めると、必ず後悔します。

それでも目指したいなら、ひとつだけアドバイスします。

立ち回りを上手くなる訓練を、今のうちからしてください

雑用をうまく逃げる技術、面倒な仕事を断る勇気、業績アピールの方法。これらを身につけている人だけが、大学教員として生き残れます。

逆に、私のように真面目に全部引き受けるタイプは、確実に消耗します。

そして、もし今、大学教員として疲弊している人がいたら、辞める選択肢も視野に入れてください。私が証明しているように、辞めても人生は続きますし、むしろ充実することもあります。

自分の人生を、誰のためでもなく、自分のために生きてください。

大学で働く職員は、教員だけではありません。同じ大学で実習助手として働き、任期制度の中で6年勤めた女性の体験談も、こちらの記事で紹介しています。 大学の実習助手6年で退職した話|任期制・サビ残・年収400万のリアル

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