中学校の教師を10年以上続けた私が、最終的に教職を離れて専業主婦という道を選びました。
「先生になりたい」という淡い思いから始まったこの仕事は、想像をはるかに超えるブラックな現実が待っていました。
この記事では、教育現場のリアルな実態と、私が退職を決意した本当の理由について、本音で語っていきます。
これから教師を目指す方、現役の先生で疲れ切っている方、教職について知りたい方の参考になれば幸いです。
教師になった経緯|淡い理想と現実のギャップ
私が教師という道を選んだのは、大学受験のときでした。当時18歳。人生経験などほとんどない中で、「子供たちに何かを教えたい」「成長期の子と一緒に人生を考えたい」という淡い思いだけで、教育学部を選びました。
中学校の教師という仕事への憧れは、確かにありました。
しかし、いざ教壇に立ってみて感じたのは、「教える」以外の仕事が想像をはるかに超えて多いという現実でした。
例えるなら、就業規則がきちんと整備されたホワイト企業に就職したつもりだったのに、入ってみたら過酷なブラック企業だった、という感覚に近いものでした。
授業準備、生徒指導、保護者対応、事務作業、部活動……。
「子供と向き合う時間」は、思ったよりずっと少なかったのです。
教師という仕事のブラックな実態
私が教師として働く中で感じた、教育現場のブラックな部分を具体的にお話しします。
強制的な部活動の顧問
新人教師が最初に直面するのが、部活動の顧問問題です。
新人は半ば強制的に、空いている部活の顧問に割り振られます。自分が経験者であろうとなかろうと、関係ありません。
私の場合、未経験の競技の顧問になりました。
顧問の仕事は本当に多岐にわたります。
- 練習時の同行
- 対外試合への引率
- 試合の段取り
- 予算の管理
- OB会との連絡
- 春・夏の合宿の企画
- 宿舎・体育館の予約手配
- 用具の管理
これら全てが、授業の合間や放課後、土日に発生します。
しかもチームが試合で勝ち上がっていけば、その負担は延々と続きます。
数年前から学校体育の一環として「部活動指導員の外注化」が進められていますが、これは本当に素晴らしい流れだと思います。
私が現役の頃にこの制度があれば、もう少し続けられていたかもしれません。
進路指導という名の精神戦
進路指導も、教師の精神を削る大きな要因でした。
生徒一人ひとりの成績や能力には、当然差があります。本来であれば、その時点での実力に見合った進学先を提案するのが、最も合理的な指導です。
しかし現実は違います。
実力以上を望む生徒や、子供に過度な期待をかける親との折衝が、何度も何度も繰り返されるのです。
「うちの子はもっとできるはず」
「先生の指導が悪いんじゃないですか」
「あの高校に絶対に入れたい」
進学先がその子の人生を左右することは確かなので、親が必死になる気持ちは理解できます。
ただ、毎年・毎学期繰り返されるこのやり取りは、教師の心身を確実にすり減らしていきました。
モンスターペアレントとの戦い
教師のエネルギーを最も奪うのが、いわゆるモンスターペアレントとの対応です。
商業施設のクレーマーと似ています。正論が通じず、自分だけが正しいという思考から一歩も出ない。
しかも親は教師に対して最強の立場にいます。
こちらが正論で返そうものなら、揚げ足を取られて延々と責められます。「子供の前で大人げない」と。子供が恥をかいていることにも気づかず、感情のままにぶつけてきます。
私が経験したケースをいくつか挙げると:
- 「うちの子だけ宿題が多い、差別だ」と訴えてきた親
- 子供同士のささいなケンカを「いじめだ」と騒ぎ立てる親
- 子供の成績が悪いのを担任のせいにしてくる親
- 部活で試合に出られないことに毎週クレームを入れてくる親
このような対応に追われると、本来の業務である「授業の準備」や「子供と向き合う時間」が、確実に削られていきます。
サービス残業が当たり前の労働環境
教師という仕事は、残業の概念が崩壊している世界です。
朝は7時半過ぎには学校に着き、生徒の登校を見守ります。授業が終わっても、部活、会議、生徒指導、保護者対応、事務処理、テストの採点、授業準備……。
帰宅は22時を過ぎることも珍しくありませんでした。
しかし、これらの労働時間に対して、残業代はほぼ出ません。教員には「教職調整額」という名目で給与の数パーセントが上乗せされているだけで、実態としてはサービス残業の塊です。
土日も部活動の引率や練習で出勤することが多く、本当の意味で休める日はほとんどありませんでした。
中学教師のブラックさは、地域や学校の種類によって表れ方が違います。東京の私立から東北の公立中学校に異動した先生の体験談では、1日14時間労働や職員旅行でのお酌強制など、地方特有の過酷な実態が綴られています。同じ中学教師でも環境によってここまで違うのかと驚かされる内容です。
田舎公立中学校2年で退職|1日14時間労働とお酌強制の地方ブラック実態
教師を続けるために必要だったもの
それでも、教師として10年以上働き続けることはできました。
続けるためには、ある種の割り切りが必要でした。
教師の仕事を例えるなら、こんな感じです。
- 同じ方向を向いていない集団を、曲がりなりにも前を向かせる調教師
- 文句しか言ってこないクレームの受付係
- 申請しても認められないサービス残業を当然とする企業の社員
学年主任、教頭、校長へとキャリアアップしていく先生は、これらのバランス感覚を絶妙に取れる人たちです。
新人時代の青臭い理想だけでは、教師は続けられません。かといって、すべてを諦めて事務的にこなすだけでは、教師である意味がありません。
「いい先生」と呼ばれる人は、この微妙なバランスを保ちながら、教壇に立ち、学校行事を率い、保護者と対峙していました。
その対価として得られるのが、生徒たちのキラキラした目と、一部の生徒の明確な成長でした。
それは確かに、何物にも代えがたい喜びでした。
私が教職を離れた本当の理由|いじめ隠蔽の体質
ここまで色々と書いてきましたが、私が最終的に教職を離れた決定的な理由は、別のところにありました。
それは、日本の学校にどこにでもある「いじめを隠す体質」です。
校長や教頭にとって、対外的には「いじめは存在しない」状態が望ましいのです。
学校にいじめがあると認めてしまえば、自分たちの管理責任が問われます。だから、いじめを認めず、見て見ぬふりをし、報告を上げないことが、暗黙のルールになっていました。
私が勤めていた学校でも、明らかなクラス内のいじめが発覚したことがありました。
被害生徒の親が学校に訴え、外部にも知れ渡る状況になりました。
しかし、校長と教頭は最後まで責任を取ろうとしませんでした。「いじめはあってはならない」という建前を盾に、現場の教師に責任を押し付ける形で事態を収めようとしたのです。
私はこのとき、心底嫌気がさしました。
子供を守るべき立場の人間が、子供を守らず、自分の立場を守る。
そんな組織で働き続けることに、意味を見いだせなくなりました。
同じ思いを抱いていた男性教師も一人いました。彼は私と前後して学校を辞め、地元の進学塾の講師に転職しました。
今でも時々会いますが、生き生きと受験生に数学を教えています。「やっと本来やりたかった、子供に勉強を教える仕事ができている」と言っていました。
中高一貫私立から予備校講師に転職した方の体験談にも、部活顧問の負担から解放されて「教えることに集中できる」喜びが綴られています。学校教員から塾講師・予備校講師への転職を検討している方の参考になる内容です。
中高一貫私立から予備校講師に転職した話|部活地獄を抜けて教えることに集中できた
教師を辞めて専業主婦になって感じたこと
私の場合、退職と同時に収入はゼロになりました。
夫の理解もあり、いったん専業主婦として家に入る選択をしました。
辞めた直後の感覚は、今でも忘れられません。
「憑き物が取れたように、心が楽になった」
朝起きて、モンスターペアレントからの電話を心配しなくていい。
夜中まで部活の運営や保護者対応に追われなくていい。
週末も自分の時間として使える。
家族とゆっくり食事ができる。
当たり前の生活が、こんなにも幸せなものだったのかと、改めて気づかされました。
ただし、子供と関わりたいという思いは消えません。
今は地域のボランティア活動などを通じて、子供たちと接する機会を持つようにしています。給料は出ませんが、純粋に「子供と関わる喜び」だけを感じられる時間です。
これが、私が本当に求めていたものだったのかもしれません。
教員から専業主婦への道を選んだのは、私だけではありません。大学教員から退職して専業主婦になった方の体験談も、業績主義・派閥・モンペといった「教員の闇」を別角度から描いていて、似た葛藤を抱える方には深く響くと思います。
大学教員の闇|業績主義・派閥・モンペで限界きて専業主婦になった話
これから教師を目指す方へ伝えたいこと
教師という仕事は、確かに尊い仕事です。
子供の成長を間近で見守り、人生に影響を与えられる、数少ない職業の一つです。
しかし、教育現場の労働環境は、決して理想的なものではありません。
サービス残業、モンスターペアレント、いじめ隠蔽の体質。
これらは個人の努力では変えられない、構造的な問題です。
これから教師を目指す方には、ぜひ現役の先生にリアルな話を聞いてほしいと思います。
理想だけでこの仕事を選ぶと、私のように途中で辞めることになりかねません。
そして現役の教師で、心身ともに限界を感じている方。
教師を辞めることは、決して「逃げ」ではありません。
子供を守れない組織にいるよりも、別の場所で自分らしく生きる方が、よほど健全な選択だと、私は心から思います。
私の体験が、誰かの決断の助けになれば幸いです。
