物の位置が数センチずれただけで、激怒される
「なんでそこに置いたの!」
ALSの患者さんから怒鳴られた瞬間、私は手が震えました。テーブルに置いた水のコップが、いつもの位置から数センチずれていただけだったのです。
ご自身では身体を動かせない患者さんにとって、物の位置が数センチずれることは、その物が「存在しない」のと同じことになります。理屈では分かっていました。
それでも毎日のように怒鳴られると、心が削られていく感覚が止まりませんでした。
これは、新人看護師として難病病棟に配属され、1年目で心身の限界を迎えた私が、デイサービスへ転職するまでの話です。
📌 体験者プロフィール
・性別:女性
・前職:難病病棟の看護師(新卒配属)
・主な担当:ALS・パーキンソン病・多系統萎縮症・人工呼吸器管理が必要な患者さん
・前職の在籍期間:1年程度
・現職:デイサービス看護師(転職後、現職継続中)
・年収変化:転職後、月4〜5万円ダウン
・退職状況:退職済み(現職継続中)
・体験形態:実体験ベース
※プライバシー保護のため、個人が特定されない範囲で仮名化・一部詳細を変更しています。
1年目で人工呼吸器の患者さんを担当する重圧
私が新卒で配属されたのは、人工呼吸器をつけた方が多くいらっしゃる難病病棟でした。
担当した患者さんの主な疾患を挙げると、
・ALS(筋萎縮性側索硬化症)
・パーキンソン病
・多系統萎縮症
・その他、人工呼吸器管理が必要な難病
人工呼吸器がないと、極論を言えば生命維持に直結する方々を目の前にして、新人の私には責任感がずしりとのしかかりました。
その分、手技や技術の勉強は必死に頑張りました。人工呼吸器の管理、吸引、体位変換、栄養管理。一つひとつの手技を覚えることが、自分自身を守る盾でもありました。
きつかったこと① 患者さんからの暴言
難病病棟で精神的にきつかったことは、大きく2つあります。
1つ目は、患者さんからの暴言です。
特にALSの患者さんの中には、病気の進行とともに感情のコントロールが難しくなる方がいらっしゃいます。急に怒ったり、急に泣いたり、感情の波が激しくなる傾向があるのです。
ご自身では身体を動かせないため、身の回りの物を置く位置に強いこだわりを持つ方も多くいらっしゃいました。
物の位置が数センチずれるだけで、激怒される。
確かに数センチずれるだけで、その物に手が届かなくなることはあります。理屈では分かっています。それでも、毎日のように怒鳴られ続けると、こちらの精神もすり減っていくのです。
新人の私は、毎日のように「自分の動作の何が悪かったのか」を反芻しながら、家に帰っていました。
きつかったこと② 「食べたい」のジレンマ
2つ目は、病院では対応できない要求をされることでした。
特に印象に残っているのは、食べる機能が低下しているのに「食べたい」と訴え続けた患者さんです。
嚥下機能が落ちると、食事の形態を変えて食べることをサポートします。常食からきざみ食、ミキサー食、ゼリー食へと段階的に調整していくのです。
その患者さんは、ミキサー食でも正直難しい状態でした。それでも病院との約束を破り、在宅で生のお刺身を食べて窒息しかけたこともありました。
私たち看護師とST(言語聴覚士)さんで、できる限りの支援をしました。
・とろみをつけたお茶を提案する
・1日1回、看護師とSTさんがついてゼリーを食べる時間を作る
それでもご本人の答えは、
「とろみのついたお茶は嫌だ」
「ゼリーじゃなくてご飯がいい」
こちらからの提案をすべて跳ね返されてしまうのです。
食べたいという気持ちに応えたいのに、応えられない。
このジレンマは、どの病棟にも形を変えて存在するのかもしれません。気持ちに応えたくて応えられない時の苦しさは、看護師としての自分を何度も問い直すきっかけになりました。
それでも、難病病棟で良かったこと
辛いことばかりではありませんでした。
良かったこととして大きいのは、看護技術が一通り学べたことです。特に人工呼吸器については、しっかり経験を積めて自信がつきました。
患者さんとの関わりで嬉しかったこともあります。
パーキンソン病でリハビリ目的に入院された方が、入院当初はほとんど動けなかったのが、リハビリを続けるうちに歩けるようになったり、自分でご飯を食べられるようになったりする姿を見ると、看護師としてのやりがいを強く感じました。
機能がどんどん落ちていく難病は、患者さんご本人もご家族も精神的に辛くなります。そんなときに私が話を聴くだけで、
「あなたに聴いてもらえて少し元気になった」
「たくさん話を聴いてくれてありがとう」
そう言っていただけたとき、看護師として自信を持てる瞬間でした。
頑張りすぎて心身の限界を迎える
転職を決意したきっかけは、職場で頑張りすぎて心身の限界を迎えたからです。
「自分はまだ足りない」
「もっと勉強しなくちゃ」
「もっと患者さんに寄り添えるはず」
新人の責任感と、難病病棟という環境の重さで、自分を必要以上に追い込んでしまったのです。
気づいたときには、朝起きるのが辛く、食事も喉を通らない状態になっていました。
医師から診断を受けて休養が必要だと告げられたとき、ようやく「これ以上は無理だ」と認める覚悟ができました。
転職先のデイサービスでの新しい日々
退職後、転職先として選んだのはデイサービスでした。
転職後の働き方を整理すると、
・決まった時間に出勤、決まった時間に退勤
・夜勤なし
・人工呼吸器のような重大な医療処置はない
・利用者さんとの距離感も比較的穏やか
体調が不安定な状態で復職する身としては、本当にありがたい環境でした。
大変だったのは、その事業所独自のやり方を覚えることです。少しでも違うことをすると注意を受けるので、その都度メモを取って覚えていくしかありませんでした。
ただ、転職先でも、ご家族のこだわりが強い利用者さんが多くいらっしゃったのです。難病病棟で鍛えたメンタルが、ここで少し役に立ちました。
特に急性期病棟から転職してきた看護師さんは、利用者ご家族のこだわりの強さに驚いて、ついていけずに辞めてしまう方もいました。
私は免疫があったので「まあ、そういうものだよね」とすんなり受け入れられたのです。
辛い経験も、別の場所で活きることがあるのだと実感しました。
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転職して悪かったこと
転職して悪かったことは、これは1つだけです。
お給料が4〜5万円ほど下がりました。
新卒で病棟勤務をしていた頃と比べると、デイサービスへの転職は手取りが目に見えて減ります。
それでも、自分の体調を整えながらやっていくには、お金のことは割り切るしかありませんでした。
心身の不調を抱えながら無理して働き続けるより、収入が下がってもメンタルを保てる環境のほうが、長い目で見ればプラスだと判断したのです。
これから看護師を続ける方へ
転職活動をされる看護師さんにお伝えしたいのは、自分にとって何が一番大切なのかを見極めてほしいということです。
・お金が大切なら、今の職場でもう少し頑張る選択もある
・お金はいいから精神的にゆったり働きたいなら、デイサービスや訪問看護のような選択もある
・スキルを伸ばしたいなら、別の急性期病院への転職もある
正解は人それぞれです。
ただ、新人時代の私のように「自分はまだ足りない」と追い込みすぎる前に、立ち止まって自分の心と身体に聞いてみてほしいのです。
心身の不調を抱えてからの転職活動は、本当に大変でした。健康なうちに、自分の限界を見極めることをおすすめします。
看護師という仕事は、続け方次第で長く付き合える仕事だと、転職した今は思っています。
関連記事:転職活動せずに退職した私が再就職するまで|月80時間残業からの脱出体験談
編集部より
難病病棟は、身体を動かせない患者さんにとって物の位置が数センチずれることが「その物が無い」のと同じになる——そんな張り詰めた現場です。この記事で印象的なのは、暴言そのものより、新人だった体験者が毎晩「自分の動作の何が悪かったのか」を反芻し、「まだ足りない」と自分を追い込み続けた点です。責任感の強い人ほど、環境の重さと自責が二重にのしかかり、不調のサインを後回しにしがちです。朝起きるのが辛い、食事が喉を通らない——そこまで来てからの立て直しは、本人が一番つらいものです。
働き方を選び直すことは「逃げ」ではなく、看護師を長く続けるための前向きな判断です。限界まで来る前に、一度自分の心と身体に聞いてみてください。一人で抱え込まず、今の状況をだれかに言葉にしてみるだけでも、見え方が変わることがあります。
困った時の選択肢
【「このままでいいのか」を一人で抱えている方へ】
辞めるか続けるか、急性期に戻るか訪問看護やデイサービスに移るか——看護師の働き方は幅広く、答えは人それぞれです。「キャリート」は転職を前提としないキャリアコーチングで、国家資格を持つキャリアコンサルタントと一緒に、自分が何を大切にしたいのかを言葉にしながら整理できます。繊細で頑張りすぎてしまうタイプの方の相談にも慣れています。
→ 自分に合った働き方を相談してみる|キャリート(転職前提なしのキャリア相談)
そのほか、状況に合わせて選べる窓口です。
・辞める前に、ほかの職場や他業界の働き方・年収・口コミを調べて比べておきたい方は → ワンキャリア転職(口コミ・選考体験談で他業界を知る)
・心や身体が限界に近いと感じる方は、抱え込む前に、自分の気持ちを整理するセルフケアから → 心のAIパートナー【Awarefy】(自己理解・セルフケアアプリ)
心身がつらいときは、よりそいホットライン(0120-279-338)が24時間無料で相談に乗ってくれます。労働条件のことは、総合労働相談コーナー(厚生労働省)でも無料で相談できます。

