月80〜110時間の残業に5年間耐えた末に
私は前職で5年間、月80〜110時間の残業が続く職場で働いていました。仕事内容そのものより、終わらない業務量と慢性的な人手不足が辛く、毎日朝から晩まで会社に縛られる日々でした。
5年目のある日、駅のホームで電車を待っているとき、ふと「このまま全部投げ出してしまいたい」という強い無気力感に襲われました。自分でもぞっとしました。これはもう限界だと自覚した瞬間でした。
「これ以上続けたら本当に取り返しがつかなくなる」と思い、会社を辞める決心をしました。
転職活動する余裕すらなかった
普通なら、次の仕事を決めてから辞めるのが王道だと分かっています。でも当時の私には、転職活動をする時間も気持ちの余裕も残っていませんでした。
求人サイトを開く気力もなく、職務経歴書を書くなんて到底無理でした。
次の仕事を決めずに辞める不安はもちろん大きかったです。それでも、ズルズルとあの職場に居続けたら心身が完全に壊れると感じていました。
何事も、健康には変えられません。
とにかく「辞めること」だけを目標に、退職交渉に漕ぎつけるのが精一杯でした。
辞めた直後は解放感より「ただ疲れた」
退職届を出して退社する日まで、まともな引き継ぎ要員もおらず、最後までバタバタしていました。
そのため、辞めた瞬間に「やったー!」という解放感が湧くかと思いきや、実際は「ただただ疲れた」というのが第一印象でした。
1週間で身体に劇的な変化
驚いたのは、辞めてから1週間ほど何もしない生活を送ったときのことです。気持ちより先に、身体に大きな変化が現れました。
在職中は、ストレスからか全身が筋肉痛のような状態で、3ヶ月ほど毎日痛みが続いていました。マッサージに行っても、スパに行っても全く良くならなかったのです。病院に行こうにも、何と症状を伝えればいいか分からず、結局行きませんでした。
それが、仕事を辞めた1週間でスッキリと回復したのです。
身体が軽いことに喜びつつ、逆にゾッとしました。それほどストレスというのは恐ろしいものなのだと実感したのです。身体が毎日痛むなんて、冷静に考えれば尋常な状態ではありませんでした。
ストレスで身体に限界症状が出るのは、職種を問わず起きる現象のようです。コロナ禍に新卒で小学校教員になり、毎日校長室で説教される日々を経て心身の限界から退職した方の体験談も、こちらの記事で紹介しています。
コロナ禍に新卒で小学校教員→1年4ヶ月で退職した話|放課後等デイへ転職した今
身体が戻ったら次は「お金」の心配
身体が元に戻ると、今度はお金の心配が押し寄せてきました。
辞めるまでは「とにかく心身を守ること」が最優先でしたが、いざ落ち着いて生活できると分かったら、今度はその生活を維持する手段を考えなければなりません。
一人暮らしの私は、家で寝ているだけでも家賃や光熱費がかかります。もちろん食費も必要です。食べなければ生きていけません。
そこでようやくお金のことに本気で向き合い、まずはハローワークへ行きました。
ハローワークで知った失業給付の現実
過重労働で辞めたとはいえ、形式上は自己都合退職だったので、失業給付はすぐにはもらえません。
これは知識として知っていたのですが、ハローワークの説明会で改めて確認しました。職員さんによると、失業給付がもらえる時期まで無職を続ける人は少数派で、それまでに就職される方がほとんどだそうです。
仕事アレルギーになっていた私は「そんなことあるもんか!」と内心思いながら、求人検索の端末に向かいました。
失業給付をもらうためには、求職活動をしている必要があるんですよね。
ハローワークで見た光景
ハローワークに行ったのはこのときが初めてでした。なかなか興味深い場所でした。
説明会には自分と同じくらいの年代の方もいて、違和感なく座っていられました。
ただ、求人検索の端末コーナーでは、画面に向かって独り言で悪態をついている方もいて、少し驚きました。手続きフロアでは、失業給付がすぐにもらえないと知って職員さんに詰め寄っている方もいました。
その光景を見て、「自分もできる時に働かなくては」と気持ちが引き締まりました。色々な意味で就業意欲が湧く、刺激的な場所だったと思います。
思ったよりお金が入ってきた
仕事を辞めて意外だったのは、退職後にもまとまったお金が入ってきたことです。
入ってきたものを並べると、こんな感じでした。
・退職金(勤続5年なので大した額ではなかった)
・会社の自社株売却額
・前期末のインセンティブ(退職後にも支払われた)
合計すると3〜4ヶ月は暮らせる金額になりました。
特にありがたかったのは自社株でした。在職中の保有時に会社から補助があったこともあり、思わぬ収入になったのです。
こういう社内制度って、なんとなく面倒で加入を見送りがちですよね。でも整備されているなら入っておくに越したことないと、身をもって実感しました。
それから、もう一つおかしな話があります。会社に行かなくなると外出が減るので、お金もあまり使わなくなり、生活費が自然とコンパクトになっていったのです。
1ヶ月の引きこもり生活、記憶なし
お金の目処はついたものの、贅沢できるほどの金額ではありません。旅行に行く元気もなく、とりあえず家にいました。
仲の良い友達に退職報告がてら飲みに行ったりはしましたが、それ以外は何もせず、1ヶ月ほど引きこもっていました。
驚くことに、その1ヶ月の記憶がほとんど残っていないのです。多分、何もしなさすぎて記憶に残る要素が皆無だったんだと思います。今思えば、もったいない時間の使い方でした。
社会復帰のきっかけは元先輩からのメール
何もしない無為な生活の中で気持ちに余裕が出てきた頃、一通のメールが届きました。
辞めた会社の先輩からで「友達の会社で人探してるんだけど…」という内容でした。
紹介されたのは短期の派遣の仕事でした。「まあ、短期なら働いてやってもいいか」と上から目線で受けてしまいましたが、本当に急ぎで募集していたらしく、翌週からすぐに働くことになりました。考える間もなく社会復帰したことになります。
有期雇用だったので忙しかったのですが、前職と違って楽しく働くことができ、その仕事が終わる頃には次の就職先も決まっていました。無事に本格復帰を果たせたのです。
ハローワーク経由で次の仕事を見つけた体験は、こちらの記事にもあります。プログラマーから保育士に転職した女性が、ハローワーク相談で保育園パートを選び、雑用とパワハラを耐え抜いて保育士資格を取得したリアル体験談です。
IT企業のパワハラで退職、保育園パートでも雑用地獄|資格取得で天職に出会った話
追い詰められる前に、会社を辞めてハローワークへ
振り返って思うのは、転職活動せずに辞めるという選択は、決して無謀ではなかったということです。
もちろん、計画的に動けるならそれが一番です。でも、心や身体が限界に近づいているとき、計画的に動く余力なんて残っていません。
そんなときは、とにかく辞めることを優先していいと思います。お金は意外となんとかなりますし、ハローワークという場所もあります。先輩や友人からの紹介で再スタートできるケースもあります。
心身が壊れる前に、会社を辞めてハローワークへ。まだまだあなたは大丈夫です。
短期間で限界を迎えて退職した体験談は、こちらの記事も参考になります。

