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母も美容師の家で育った僕が10年で美容師を辞めた話|年収440万・腰痛・睡眠時間ゼロの代償

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立ち仕事で腰が悲鳴を上げて、休みの日に思うように歩けない。睡眠時間を削ってカットの練習をしながら、それでも「お客様の笑顔が見たい」という気持ちで毎朝ハサミを握っていました。

これは、母の背中を見て美容師を志し、22歳でデビューしてから10年──32歳で別の業界へ転職した男の話です。

📌 体験者プロフィール

職業:美容師(22歳〜32歳の10年間)

年収:440〜450万円(ボーナス年2回・手当は交通費のみ)

性別・年代:30代・男性

現在の状況:美容関連商品・サービスの販売職へ転職済み

※プライバシー保護のため、一部の表現を変えています。

母が美容師だった家で育って

きっかけはシンプルです。母が美容師でした。

子どもの頃、店に連れて行ってもらうと、お客さんがカットの前と後でまるで別人みたいに見える瞬間があって。表情まで明るくなって帰っていく姿を、いつもすぐそばで眺めていました。「自分の手で人を変えられるなんてすごいな」と、漠然と思っていたのを覚えています。

進路を決めるとき、迷いはほとんどありませんでした。美容専門学校に進んで、卒業後はそのまま美容室で修行をスタート。22歳でデビューして、それから10年、同じ業界の中で過ごしました。

22歳でデビューしてからの現場

仕事内容は、カット、カラーリング、パーマ、ヘアスタイリング。お店によってはメイクやフェイシャルトリートメントもやります。それに加えて、お客様へのカウンセリング、商品の販売、予約の管理──やることはハサミを握るだけではありません。

「髪を切る人」と言うと、ハサミだけ持っているイメージかもしれませんが、実際は接客業の比率がかなり高い職業です。お客様一人ひとりの希望を聞き出して、ライフスタイルに合った提案をする。技術の前に、まず相手をちゃんと理解する時間がある。

働き始めた頃は、自分の自由な時間はほとんどありませんでした。営業が終わってからもサロンに残ってカットの練習をして、家に帰っても夜中までマネキンを相手にハサミを動かす。睡眠時間は削れるところまで削っていました。先輩に置いていかれたくなかったし、何より早く一人前としてお客様の前に立ちたかった。

お客様の表情が変わる瞬間に救われていた

しんどい部分の話は後でしますが、楽しかったことも確かにあります。

お客様が鏡を見て、ふっと表情がほどける瞬間。「自分でも嬉しくなっちゃう」と言って笑ってくれる人。常連さんになると、家族のことや仕事の悩みまで話してくれて、「今日切ってもらってよかった」と帰っていく。

母の店で見ていた光景を、自分が作る側になっている──そう感じる日が、確かに何度もありました。

スタッフ同士の関係も、思っていたよりずっとフラットでした。チームで動く仕事なので、誰かが手一杯になっていたらヘルプに入る、というのは当たり前。自分も率先して動きましたし、自分が困ったときも自然に助けてもらえました。そういう積み重ねが、現場の空気を作っていた気がします。

立ちっぱなしの10時間と、削れていく睡眠時間

それでも、続けていくうちに体のほうが先に悲鳴を上げ始めました。

美容師の労働は、世間で言われている通り、決して楽ではありません。忙しい時期は朝早く出勤して、夜は閉店後の片付けと練習があって、休日も出ることが普通にありました。お盆も年末年始も、世間が休んでいる日ほど店は混みます。

何より、立ち仕事です。10時間近く立ちっぱなしで、ほぼ屈むかかがむかの姿勢で仕事をする。20代の頃はなんとかなっても、20代後半から30代に入ってくると、腰がもたなくなってきました。営業終わりに歩いて帰るのがしんどくて、自由に歩けない夜が普通にありました。

それでも技術は磨き続けないといけません。新しいスタイルやカラーは次々に出てくるし、ベテランの先輩に置いていかれたくない気持ちもある。睡眠を削るしかなかった、というのが正直なところです。

クレームや、難しい注文をされるお客様への対応も、思っていたよりずっと精神を削りました。技術の問題というより、人と人の擦り合わせの話です。何時間も話を聞いて、納得してもらって、最後にちゃんと笑顔で帰ってもらう。それが毎日のように積み重なると、家に帰ったあとにぐったり動けなくなる日が増えていきました。

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「もう体がもたない」、32歳で別の業界へ

10年やって、決断しました。

体力的な負担と精神的なストレスが、自分の生活そのものを侵食し始めていたのが大きかったです。長く続けるなら、もうこのままじゃ無理だな、と。

新しい挑戦をしたい気持ちもありました。美容師として培ったものをまったく違う形で使ってみたい、という方向です。最終的に選んだのは、美容関連の商品やサービスの販売に関わる仕事。業界の知識はそのまま活きるし、現場で身につけた「お客様との会話の組み立て方」も使える。10年の経験を捨てずに、別の角度から美容業界と関わる選択でした。

転職してまず驚いたのは、労働時間の違いです。休日にちゃんと休めて、夜の時間が自分のものになる。それだけで生活のリズムが全然違いました。腰痛も、立ちっぱなしの時間が減っただけでかなり楽になりました。

収入は安定しました。前職と同じくらいの水準で、休日と引き換えにすり減らしていた体の負担はぐっと軽くなった。それで「ああ、これでよかったんだな」と、半年くらいかけてゆっくり納得していった感じです。

美容師10年でもらったもの、次の仕事で活きていること

美容師を辞めたことに後悔はありません。ただ、10年やってよかったとは強く思います。

一番大きいのは、人との距離の取り方を学べたことです。初対面のお客様にどこまで踏み込んでいいか、どんな話題なら相手が乗ってきてくれるか、逆にどこで引くべきか──。教科書で学べる話じゃなくて、毎日鏡越しに人と向き合った10年間で、体に染み込んだ感覚です。

それから、難しい場面で諦めずに落とし所を探す力。クレームでも、こだわりの強い注文でも、最後に「来てよかった」と帰ってもらうために何ができるか考え続けた経験は、今の仕事でもそのまま使えています。

職場の仲間との関係も、当時の自分を支えてくれたものでした。チームで動かないと回らない仕事だったからこそ、信頼関係を作る感覚が自然に身についた。今の職場でも、その感覚はそのまま活きています。

体は確かにきつかった。でも、10年間で得たものは、転職後の今もちゃんと残っています。

同じように「夢で入った業界だけど、体がもう限界かもしれない」と感じている人がいるなら、伝えたいことは一つだけです。今までの経験は無駄にならない。形を変えて、別の場所でも必ず役に立ちます。

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編集部より

この体験談が示すのは、「やりがい」と「身体の限界」が対立概念ではなく、両方とも同時に本物だということです。お客様の表情がほどける瞬間に救われながら、同じ10年で腰は悲鳴を上げ、休みの日に歩けない夜が当たり前になっていく。美容師の負担は技術の話ではなく、10時間の立ち仕事とクレーム対応の擦り合わせが、生活そのものを侵食する形で蓄積していきます。注目したいのは、この体験者が技術職を離れても「人との距離の取り方」「落とし所を探す力」を資産として持ち越せたこと。専門技術を手放すことと、その10年で培ったものを失うことは、別なのだと教えてくれます。

体が限界を告げているなら、それは根性で覆すものではありません。そして、技術職を離れることは、これまでの年月を無駄にすることでもない。同じ業界の知識や接客の感覚を、負担の軽い別の形で活かす道は、確かにあります。

困った時の選択肢

【「好きな仕事だけど、体がもう限界かもしれない」と感じている方へ】

辞めるか続けるかを、体力の限界だけで決めてしまう前に。これまでの経験を別の形でどう活かせるのか、自分は何を大事にしたいのかを一度言葉にして整理したい20〜30代の方には、転職を前提にしないキャリアコーチングという選択肢があります。

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