フェンスの後ろから、いきなり大声が飛んできました。
「3番4番コートの子は、〇〇コーチの言うこと聞いてね!」
その一言で、私は2面分のコートを、いつもの倍の人数で見ることになりました。
ラケットを持った小学生が、目の前に15人。
テニスを教えるどころじゃありません。誰かがネットに突っ込まないか、ボールが顔に当たらないか。その心配だけで、頭がいっぱいでした。
これは、3つの小学校の学区のちょうど真ん中にあったテニススクールで、7年間コーチをしていた私の話です。
📌 体験者プロフィール
・年代・性別:女性(体験当時20代〜30代)
・業界・職種:テニススクールのコーチ(ジュニアスクール/アカデミーチーム指導)
・雇用形態:アルバイト
・企業規模:中小企業(テニススクール運営)
・在籍期間:約7年(コーチ歴は通算で10年ほど)
・退職状況:退職済み
・体験形態:実体験ベース
・体験時期:1990年代後半〜2000年代
※プライバシー保護のため、個人が特定されない範囲で仮名化・一部詳細を変更しています。
ジュニアが集まる、いつも人が足りない現場
私が働いていたスクールは、ジュニアのレッスンがとにかく盛んなところでした。
平日の夕方、16時から19時は、8面あるコート全部に、15人くらいの子どもが入ります。
8面でレッスンをしているということは、その時間は8人のコーチがいないと回りません。
でも、いつも人手は足りていませんでした。
スタッフの手配を任されていた社員が、とにかくいい加減な人で。当日になっても、8人そろうかどうか、直前まではっきりしないことがしょっちゅうでした。
「2面で2倍の人数」を、コートの上で押しつけられる
だから、その日いきなり、いつもと違うクラスを受け持たされるのは、もう日常茶飯事でした。
コートに向かう途中で「やっぱりあっちのクラスお願い」と言われることも、何度もありました。
もっとひどいときは、さっき書いたみたいに、コートに入ってからフェンス越しに怒鳴られて、急に2面を任される。
2面ということは、いつもの倍の人数です。
小さい子が、ラケットを振り回しながら走り回る。ボール出しをしながら、反対側のコートの子からも目を離せない。
正直、テニスを教えるのなんて二の次でした。とにかく危ないことだけはさせないように。それで精一杯だったんです。
お願いしても、責められるのはこっちのほう
何度も、お願いしました。
「せめて、前もって決めておいてもらえませんか」と。
でも、その社員はすぐに忘れるんです。
その場で「困ります」と言っても、今度はこっちが責められました。
「でも、もう生徒さんいるのにどうするの?できないって言って、帰らせるの?」
そうやって、まくしたてられる。
子どもはもうコートにいるんだから、お前がやるしかないだろう、と。結局、断れませんでした。
実績があっても、新人バイトと同じ時給
私には、競技としての戦績もありました。コーチの経験も、学生のころからありました。
それでも、その日はじめてコートに立った、テニス歴3年くらいの大学生と、同じ時給だったんです。
それで、7年。
なんで続けられたんだろう、と今でも思います。
たぶん、子どもがテニスを好きになっていく姿とか、昨日できなかったことが今日できるようになる瞬間とか。そういうのを見るのが、好きだったんですね。
やりがいだけは、確かにありました。
でも、やりがいで時給は上がりません。
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辞めると言ったら、アカデミーと昇給を打診された
「2面で倍の人数を見る」みたいな、危ないことを何度もやらされて。
もし何かあっても、私には責任が取れない。そう思って、一度、辞めますと伝えました。
そうしたら、引き止められたんです。
試合を目指す子たちの強化チーム、「アカデミーチーム」を見てほしい、と。時給も上げる、と。
ちょうど、私が教えていたジュニアの子たちが、試合に挑戦し始める時期でした。
あの子たちをそのまま見られるなら、と思って、私はアカデミーを引き受けました。
社員の子どもの戦績に、振り回されるアカデミー
ところが、ここにも例の社員が絡んできます。
その人の子どもが、ちょうど全国大会に出られるかどうかの瀬戸際にいました。
それで、自分の子の成績しだいで、アカデミーの練習内容が、ころころ変わるんです。
ひどいときには、試合の前日だというのに、コートとその周りの草取りを、延々とやらされたこともありました。
強化のための練習じゃなかったのか。何度も、飲み込みました。
全国大会を決めた日に、ジュニアへ回された
それでも、教え子のひとりが、全国大会への出場を決めたんです。
「さあ、本番までがんばろう」
そう思った、まさにその日のことでした。
レッスンに入ろうとコートの入り口まで来たら、「今日はジュニアスクールのほう、お願い」と言われました。
また、ジュニアの人手が足りなくなって、その手配を忘れていたんです。
入り口で、押し問答になりました。
今日だけはアカデミーに入りたい、と食い下がりましたが、結局その日は、ジュニアに回るしかありませんでした。
外されて、辞めることにした
その日からです。
シフトを見たら、私はアカデミーチームから外されていました。担当は、ジュニアスクールだけに組み替えられていたんです。
アカデミーの選手や、保護者の方からは「戻してほしい」という声もありました。
でも、それがきっかけで、私はこのスクールを辞めることに決めました。
辞めると決めてからも、「同じ時間に他のコートにいられると、アカデミーのじゃまになる」みたいなことを、それとなく言われました。
そこまで言われて、ああ、もういいや、と思いました。
誰がやっても同じ、と思われている現場だった
あのスクールにいて、ずっと感じていたことがあります。
ここは、誰がやっても同じ、と思われている現場なんだ、ということです。
テニスを教える、何かを指導する。その以前に、危ないことさえ起きなければいい。コーチに求められていたのは、たぶんそれくらいでした。
だから、コーチの出入りもすごく多かった。入っては辞め、入っては辞め。使い捨てられていくな、と感じていました。
テニススクールは、どこも人手不足で、よくスタッフ募集をしています。
ただ、その中には、スタッフがいつ入れ替わってもいい、と思っているところがあります。
そういうスクールは、ホームページにふつうある「スタッフ紹介」のページが、ない。
コーチを、長くいてくれる人として紹介するつもりが、そもそもないんです。
私は、あのとき辞めて、よかったと思っています。
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テニスコーチの仕事に、限界を感じている人へ
好きで始めた指導の仕事ほど、「やりがいがあるんだから」という空気の中で、待遇や安全のことは後回しにされがちです。
実績があっても新人と同じ時給、人手不足のしわ寄せ、引き止めておいて梯子を外すような扱い。
それは我慢が足りないのではなくて、現場の仕組みのほうに無理があるのだと思います。
今いる場所で消耗しきってしまう前に、外の選択肢をいくつか知っておくだけでも、気持ちはずいぶん軽くなります。
困った時の選択肢
【スポーツの経験を、次のキャリアに活かしたい方へ】
競技やコーチで積み上げてきた経験は、スポーツ業界の中でも、その外の世界でも、ちゃんと武器になります。
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→ スポーツの経験を活かした転職を相談してみる(スポーツフォース/20代・一都三県)
そのほか、状況に合わせて選べる窓口を挙げておきます。
・辞めたいと伝えても引き止められて、なかなか切り出せない方は
→ 弁護士法人ガイアの退職代行に相談する
・辞める前に、他の業界の働き方や年収・口コミを調べて比べておきたい方は(全国対応)
→ ワンキャリア転職(口コミ・選考体験談で他業界を知る)
・心と体がすり減っていると感じる方は、抱え込む前に、自分の気持ちを整理するセルフケアから
→ 心のAIパートナー【Awarefy】(自己理解・セルフケアアプリ)
公的な窓口としては、総合労働相談コーナー(厚生労働省)や、よりそいホットライン(0120-279-338)が、無料で相談に乗ってくれます。
気になった一冊を、まず無料で試してみる方法もあります。働き方や指導の現場について書かれた本を、すきま時間に読んだり聴いたりするだけでも、頭の中が少し整理されます。
・読んでみる → Kindle Unlimited(30日間無料体験)
・聴いてみる → Audible(30日間無料体験)
屋外のコートで何時間も球を追っていると、強い日差しと照り返しで目の奥がじんじんしてきます。球の出どころを見やすくするために、偏光タイプのスポーツサングラスをひとつ持っておくコーチも少なくありません。
