「いらっしゃいませーーーーー!!!」
面接で訪ねたフロアのエレベーターが開いた瞬間、僕を待っていたのはこの大合唱でした。スーツを着た二十代から三十手前くらいの、やんちゃそうな男たちがずらりとこっちを向いている。
これは、25歳の僕が一年だけ働いた、大阪のとある会社の話です。今はもう倒産して、跡形もありません。
- 📌 体験者プロフィール
- 広告の編集をやりたくて、夜の業界の出版社に応募した
- エレベーターが開いた瞬間、男たちの「いらっしゃいませーー!」
- 初対面で乳首をグリグリ、面接は一瞬で「営業だね」
- 彼女に「絶対やめとき」と言われても、僕は入社を決めた
- 「じゃあ明日から東京ね」訳もわからないまま新幹線に乗せられた
- 名ばかりの3週間研修が、振り返れば一番楽しかった
- 朝礼の「オザス!」と番号、間違えたら制裁が待っている
- 他社の情報誌を買い集めて、片っ端から電話をかける毎日
- 新規を1本取れば、朝礼で名前を呼ばれて正社員になれた
- A班からE班まで、配属先の課長でキツさが決まる
- ノルマ未達は連帯責任、夜中じゅう土下座して広告を頼みに回る
- 怖い上司のおかげで、怪しい店長相手でも平気になった
- 歩合が無ければ給料は雀の涙、それで僕は辞めた
- 新人同士の妙な絆と、まともじゃなかった会社のその後
- 編集部より
📌 体験者プロフィール
・年代・性別:20代男性(体験当時25歳)
・業界・職種:夜の業界・風俗店向けの広告営業(広告出版社)
・雇用形態:正社員(基本給+歩合)
・企業規模:中小(東京に本社・大阪に拠点のある広告出版社)
・在籍期間:約1年
・当時の立場:新人営業
・退職状況:退職済み(会社はその後に倒産)
・体験形態:実体験ベース
・体験時期:スマホが普及する前、紙媒体がまだ主役だった時代
※プライバシー保護のため、個人や会社が特定されない範囲で仮名化・一部詳細を変更しています。
広告の編集をやりたくて、夜の業界の出版社に応募した
大学を出たあと、やりたいこともないままフリーターを続けていました。
でも彼女もいたし、そろそろ正社員でちゃんと働きたいな、と思い始めた頃です。
大学で広告デザインを専攻していたので、広告会社の編集部員あたりで探していました。求人で見つけたのが、その会社でした。
風俗店や夜のお店の広告を作って載せる出版社で、業界の中では大きいほう。当人たちは有名な広告代理店の名前をもじった通り名を、勝手に名乗っていました。今思えば、それだけでだいぶ察するべきだったんですけど。
エレベーターが開いた瞬間、男たちの「いらっしゃいませーー!」
会社は大阪・日本橋の電気街に近い、雑居ビルの中にありました。
面接のアポを取って、当日エレベーターで上がる。ドアが開く。その瞬間が、さっきの大合唱です。
少し固まってしまいました。並んだ男たちに向かって「あの……面接で参りました、○○です……」と、消え入りそうな声で伝えると、個室に通されました。
僕が応募したのは、編集の仕事だったはずなんですけどね。
初対面で乳首をグリグリ、面接は一瞬で「営業だね」
個室でドキドキしながら待っていると、入ってきたのは、俳優みたいに彫りの深い顔を、ひとまわりゴツくしたような男でした。
「○○ーー!!」
初対面なのに、まるで旧友と再会したみたいに名前を呼ばれ、ついでになぜか乳首をグリグリされました。本当に、何だったんでしょうあれは。
「あの、編集部員を希望していて……」と言いかけると、
「いやーイケメンだね、武士みたいな顔してるよね。とりあえず営業だね!」
それで面接は終わりました。一瞬でした。
彼女に「絶対やめとき」と言われても、僕は入社を決めた
「あっちに、君と同じ入社希望のコが来てるから」と言われて別室に行くと、僕と同年代くらいの男が二人、狼狽を隠せずに座っていました。
たぶん、気持ちはみんな同じだったと思います。
その場で「とりあえず入るかどうか、彼女に相談してきなよ」と言われ、基本給は3か月は23万、あとは取った広告の一割がそのまま給料になる、と説明されました。5万円の広告を取ったら、5千円が自分に入る計算です。
帰って彼女に相談すると、「絶対にやめとき」。……そうやんな、と思いました。
ただ、若いうちにキツい会社とか、興味のある仕事はできるだけしておきたい、という気持ちもあって。結局、働くことに決めました。
「じゃあ明日から東京ね」訳もわからないまま新幹線に乗せられた
電話で「ぜひお世話になりたくて」と伝えると、「お〜○○!待ってたよ〜、一緒に頑張ろう!」と歓迎されました。
そのすぐあとです。
「OK!じゃあ明日から東京ね!」
「……え?」
「今から事務所来れる?」
言われるがまま会社へ向かい、エレベーターを降りたら、また「いらっしゃいませーーーー!」。これを忘れていました。うるさい。
通された個室には、例の同期二人もいました。「君らも呼ばれたん?」「おん、なんか明日から東京って言われてんけど」。やんな、マジなんかな、と顔を見合わせる。
そこからは怒涛でした。給料の口座を作りに行かされ、戻ると、明日から東京の本社で三週間の研修、近くの宿舎に泊まること、食費が朝500円・昼500円・夜1000円出ること、を一気に告げられる。新幹線の切符を渡されて、翌朝9時の朝礼までに本社に着け、と。
訳もわからないまま、同期三人で東京へ向かいました。
名ばかりの3週間研修が、振り返れば一番楽しかった
東京の本社で「新人研修室」に通されると、中には大阪から来た男たちが15人ほど、ひしめき合っていました。
研修なんて名ばかりです。
部屋で会社の雑誌を眺めたり、談笑したり、たまに講義があるくらい。徹底されたのは「腹から声を出して挨拶する」、それだけ。
新人はみんな良いやつばかりで、毎日が楽しくて仕方なかった。……まあ、楽しかったのはこの研修のあいだだけ、というオチが、このあと待っているんですけど。
朝礼の「オザス!」と番号、間違えたら制裁が待っている
三週間で大阪に帰り、初めて本社の朝礼に出ました。
代表も課長連中も、全員が一列に並ぶ。司会が「朝礼始めます、オザス!!!」と叫ぶと、全員で「オザース!!」と返す。
そのあと「番号!」で、一・二・三・四……と順に声を出していく。これを止めたり間違えたりすると、制裁が待っている。
ちなみに、この朝礼が朝の10時半でした。終わるとみんなで弁当を食べて、ひと休み。それから、ようやく一日の仕事が始まります。
他社の情報誌を買い集めて、片っ端から電話をかける毎日
仕事はまず、街に出て他社の風俗情報誌を買い集めることから始まります。
そこに載っているお店に片っ端から電話して、「うちでも広告を出しませんか?」とアポを取る。
ただ、先輩がすでに持っているお店にうっかり電話すると、「もうお宅で出してるで」と言われて、その先輩にめちゃくちゃキレられる。地雷だらけです。
アポが取れたら、お店まで出向いて広告料金や誌面の説明をする。今みたいにスマホもないし、ネットもそこまで普及していない時代だったので、紙媒体がまだ本当に重要だったんですよね。
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新規を1本取れば、朝礼で名前を呼ばれて正社員になれた
新人は、新規の広告を1件取ると、朝礼でその場で発表されて、晴れて正社員。名刺とバッジがもらえます。
まずはそれを目指して頑張るわけですが、そもそもアポが取れない。心が折れて辞めていく人が、まず一定数いました。
僕みたいな新人班から、正社員になると、A班からE班のどこかに配属されます。
A班からE班まで、配属先の課長でキツさが決まる
班にはそれぞれ、個性豊かな課長がいました。
激こわな課長、やたら静かな課長、本当にいろいろ。どの班に配属されるかで、ノルマの詰められ方がまるで違う。
その詰めのキツさに耐えられなくて辞める、というのが、心折れ退職に次ぐもう一つの王道パターンでした。
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ノルマ未達は連帯責任、夜中じゅう土下座して広告を頼みに回る
ノルマが届かないと、班での連帯責任になります。
班のみんなでフォローし合うんですが、それでも厳しいときは、緊急ミーティング。代表も交えて、夜中じゅうお店に頭を下げて、広告を取りに行ったり、お願いに回ったり。
上司が怖いので、こっちも必死です。
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怖い上司のおかげで、怪しい店長相手でも平気になった
そんな日々を送っていると、妙な度胸がつきます。
怪しいお店の、怪しい店長みたいな人とも、普通に話せるようになる。アポ取りの電話で「忙しいのに電話してくんな!」とキレられても、もう全然平気。
今思えば、上司のほうがよっぽど怖かったからなんですけど。
歩合が無ければ給料は雀の涙、それで僕は辞めた
そうこうするうちに、だんだん広告も思うように取れなくなってきました。
この仕事は、歩合がないと給料が雀の涙です。基本給だけでは、とても回らない。
きつくなって、僕は辞めました。
新人同士の妙な絆と、まともじゃなかった会社のその後
不思議なもので、あの新人同士には妙な絆ができて、今でも会っています。
会社のほうはというと、反社会的勢力と繋がっているような噂もあって、まともな会社ではありませんでした。電話に出るときも「もしもし」なんて言いません。いきなり「あのさー」「誰々いる?」です。社会人として、成立していない。
いろいろ問題があって、会社は倒産しました。
こうして思い出してみると、なんだか楽しかったような気もするんです。でも、当時はなんでこんなに悩んでたんだろう、というくらい、毎日が地獄でした。
その両方が、嘘じゃないんですよね。
編集部より
夜の業界に特化した広告営業は、紙媒体が主役だった時代に独自の景気をつくっていた一方で、声を張る朝礼やノルマの連帯責任、そして歩合がそのまま生活を左右する給与設計が重なると、人の出入りが激しい職場になりやすい面があります。詰める・縛る・大声を出すといった文化は、入ったばかりの人ほど染まりやすく、「怪しい相手とも平気で話せる」ような麻痺が、辞めどきを見えにくくしてしまいます。
辞めるのは、逃げではありません。続けるか辞めるかを決める前に、まずは自分が置かれている状況を一度、言葉にして棚卸ししてみてください。一人で抱え込まず、信頼できる人や、下記のような窓口に話してみるところからで大丈夫です。
困った時の選択肢
【辞めたくても「辞めます」と言い出しにくい職場にいる方へ】
上下関係が強く、連帯責任や詰めの文化がある職場は、退職を切り出すこと自体が大きなハードルになりがちです。第三者が間に入って退職の手続きを進めてくれるサービスを使えば、もう一度あの空気の中で頭を下げにいく必要はありません。男性の方は、こうした窓口を知っておくだけでも気持ちが軽くなります。
→ 「辞めます」が言い出せないあなたへ|男の退職代行(運営:合同労働組合toNEXTユニオン)
そのほか、状況に合わせて選べる窓口を挙げておきます。
・性別を問わず、まず退職を任せたい方は
・辞める前に、ほかの業界の働き方や年収・口コミを調べて比べておきたい方は
・営業で身につけた度胸や対人力を、次の仕事に活かして転職したい方は(対応エリアは首都圏が中心です)
→ type転職エージェント(営業・年収アップに強い大手総合)
・心身が限界に近いと感じる方は、抱え込む前に、自分の気持ちを整理するセルフケアから
→ 心のAIパートナー【Awarefy】(自己理解・セルフケアアプリ)
公的な窓口としては、総合労働相談コーナー(厚生労働省)や、よりそいホットライン(0120-279-338)が、無料で相談に乗ってくれます。
夜の業界の裏側や、ブラックな職場の生き抜き方を書いた本も少なくありません。気になった一冊を、まず無料で試す方法もあります。
・読んでみる → Kindle Unlimited(30日間無料体験)
・聴いてみる → Audible(30日間無料体験)
外回りの営業は、一日中アポ先を歩いて回ると、足も腰もくたびれてきます。その負担を少しでも逃すために、ビジネスシューズ用の衝撃吸収インソールを使っている営業の人もいます。
