AI化やDXがもてはやされる時代に、私が見たのは「全力肉体労働」の小さな食品工場でした。
スタッフは10人弱、機械の力はほとんど借りず、ベテラン親父たちが朝から晩まで体ひとつで動き続ける現場。これは、製菓を学びたくて飛び込んだ私が、その工場で過ごした数年と、社長交代をきっかけに見えてきた「古い設備の値打ち」の話です。
📌 体験者プロフィール
・年代:30代(体験当時)
・業界・職種:製菓系食品工場(ケーキ・菓子のOEM中心の製造職)
・企業規模:中小企業(スタッフ10人弱の小規模工場)
・退職状況:退職済み
・体験形態:実体験ベース
※プライバシー保護のため、個人が特定されない範囲で仮名化・一部詳細を変更しています。
製菓を学びたくて選んだ、小さな食品工場
求人サイトを眺めていて、目に止まったのが地元のその工場でした。
ケーキや菓子の仕事をしたかった私にとって、製菓関連を扱う食品工場という時点で十分魅力的に映ったんです。応募して、面接を経て、入社が決まる。そこまでは、いたって普通の流れでした。
問題は、勤務初日からでした。
AI化された工場を想像していた私が、初日に見たもの
テレビでよく特集されるような、AIで生産ラインがほぼ自動化された工場。私が頭の中で描いていた「食品工場の現場」は、たぶんあのイメージに近かったと思います。
ところが、実際に足を踏み入れてみると、ちょっと戸惑うほどとんでもなくアナログでした。
スタッフ10人弱、全員で全力肉体労働。機械の力でこなしている工程はわずかで、ほとんどがベテラン親父たちの手と体で支えられている現場でした。
「あれ、これ……思ってたのと違うぞ」
そう感じながら立ち尽くしたのが、初日の正直なところです。
関連記事:パン工場のバイトを2週間で辞めた|簡単な作業なのに時間が経つのが遅い、道具のような流れ作業
ベテラン親父たちの全力肉体労働についていけなかった私
その工場のスタッフは、ほとんどが長年勤務してきたベテランの親父さんたちでした。今の時代、こういう現場には若い人材はあんまり集まらないんですね。
でも、彼らがまた、年齢の割によく働く。
朝早くから夜遅くまで、体を休めることもなく、ずっと立ち仕事。毎日毎日、同じような工程を、淡々と、正確に繰り返していく。
根気がないと、とてもじゃないけど務まりません。
私は当時30代、その中では「若い方」でしたが、ついていくのが精一杯。段取りも体力も、ベテラン勢に明らかに劣っていました。
ただ、若い分、可愛がってもらえたのは救いでした。親父さんたちは口は悪くても、面倒見はいい。不器用な私を、半分笑いながら見守ってくれている感じ。
決して悪いことばかりではなかったな、と今でも思います。
なぜ古い設備のまま機械化しないのか
ここまで肉体労働中心なのは、どう考えても効率が悪い。最初はそう感じていました。
なぜこの工場が、いまだに昔ながらのやり方を続けているのか。聞いてみたり、自分なりに観察してみたりして見えてきた一つ目の理由は、シンプルに「売上が少ないから」でした。
最新機器を導入できるほどの利益が出ていない。先行投資しても、それを回収できる目処が立ちにくい。そういう経営判断だったようです。
確かに取引先を見てみても、どちらかというと小口の企業ばかり。他社が嫌がるような商材のOEM、つまり「自社ブランドではなく、よその会社の製品を裏で作る仕事」が多いんですね。
その分、業績は安定しません。
もっとスピーディに大量生産できて、しっかり儲けている会社に行けば、給料も全然違うんだろうな。そんなことも、頭をかすめなかったわけじゃありません。
ただ、入ったばかりですぐ辞めるのもみっともない気がして、勤務はそのまま続いていきました。
ベテラン親父たちの正体——本物の職人だった
ところが、しばらく働くうちに、考え方が少し変わってきました。
もしかしたら、この古い設備でないとできない仕事なんじゃないか——。そう思わせる場面が、何度かあったんです。
よくよく見ていると、ベテラン親父たちの仕事は、実に正確。工程ひとつひとつへの手の入れ方、生地の状態を見極める目、温度や時間の判断。どれも、はっきりと「経験値」が見える動きでした。
経歴を雑談ベースで聞いてみると、これがまた面白い。結構有名な菓子屋で長年修行してきた人、料理店で経験を積んできた人。そういう経歴を持つ人たちが、何人もいるんです。
若い頃に培った技術が、実は相当レベルが高いものだった、というのが正直な印象でした。
私は工場に来る前に、街のケーキ屋で働いた経験が少しだけありました。そこで見てきたものと比較しても、工場の親父連中の仕事は決して見劣りしない。むしろ工程によっては、街のケーキ屋よりも上だな、と感じる場面さえあったんです。
そう考えると、最新機器を導入して画一的なものを量産するよりも、古い設備で彼らの技術を生かした方が、他社との差別化につながる。売上以前に、そういう経営判断もあったのかもしれません。
そう気づいてから、工場の景色が少し違って見えるようになりました。
関連記事:ゼリー飲料工場で短期派遣4ヶ月|夏は機械熱・冬は濡れる作業着でキツかった話
急な社長交代と、新旧の軋轢
不満も勉強の実感もありつつ、「もうしばらくこのままで」と腹をくくっていた矢先。状況が一変する出来事が起きました。
社長交代です。
それなりに歴史のある工場だと、どうしてもついてまわる話ですよね。専務だったご子息が、新社長として代替わりすることになりました。
決して悪い人ではありません。むしろ礼儀正しくて、真面目で、誠実なタイプ。
ただ、長くいるベテラン親父たちとは、明らかにソリが合わなかった。
先を見据えて改革をしたい新社長と、自分たちのやり方に誇りを持つ親父連中。両者の間に少しずつ軋轢が生まれて、職場の空気も、じわじわと暗くなっていきました。
どちらが正しかったのか。それは、今でもはっきりとは分かりません。
休憩室で愚痴を聞かされた、新社長の悩み
歳が近かったこともあってか、新社長は私を休憩室でつかまえて、ぽろぽろと愚痴をこぼすようになりました。
数年後を考えると、このままでは厳しい。親父たちの後釜を、誰かが育てないといけない。人手不足のこの業界で、若いスタッフをどう確保するか。
私としては、なんともいたたまれない気持ちで、ただ相槌を打つしかありませんでした。
社長の言いたいことは、すごくよく分かるんです。もし私が彼の立場だったら、たぶん同じように考えただろうな、とも思いました。
でも、親父連中の仕事の値打ちも、私はもう知ってしまっていた。彼らを否定する気には、どうしてもなれなかった。
新社長が悪いわけでもなく、親父たちが悪いわけでもない。ただ、世代と時代と、目線の高さが違うんだなと、休憩室の椅子の上でぼんやり感じていました。
退社後、工場が閉鎖したという知らせ
それから、たぶん1年ほど経った頃でしょうか。私自身は、別の仕事に転職するために退社しました。
辞めること自体は、社長との関係にも、親父連中との関係にも、特別な原因があったわけじゃありません。ただ、自分の今後を考えたときに、別のステップに移った方がいいだろうと判断しただけの話です。
その、さらに1年ほど後。工場が閉鎖されたという話を、知り合い経由で耳にしました。
自社工場は売却し、新たに直営の製菓店を展開する。それが、新社長が描いていた次のプランだったようです。
古い職人さんたちにも一応声を掛けたそうですが、賛同は得られず、最終的にはもの別れに終わったとのこと。新しい店は、若いスタッフを募って、ゼロから出直すことになりました。
まあ、仕方ないですよね。もし在籍中にその話が出ていたら、私は残ったかもしれないし、結局はベテラン勢に気を使って辞めたかもしれない。たぶん、後者の可能性の方が高かった気がしますが、それももう分かりません。
新旧交代のタイミングって、何かと大変なものなんだな。そう思ったのを、今でも覚えています。
直営店で再会した職人たちと、結局必要だった「人情」の話
あれから数年経ちますが、新社長の直営の製菓店は、今もどうにか営業を続けているようです。
たまに顔を出すと、社長自身が売り場に立っていたりして、彼なりに企業努力を重ねているのが伝わってきます。
最近、ちょっと嬉しくなる話を聞きました。
工場解散後、しばらく音沙汰のなかったベテラン親父たちのうち、何人かがその店に顔を出してくれたのだそうです。なかなか思うように品質が上がらない現状を、社長がこぼしたあたりからでしょうか。
彼らは、若いスタッフのために時間を割いて、技術をレクチャーしてくれたとのこと。
現場の作業の大変さを知らない社長の説明よりも、職人たちが目の前で見せてくれる手の動きの方が、はるかに説得力がある。若いスタッフたちも、喜んで聞いていたそうです。
それを聞いて、結局のところ、いつの時代にも人情ってやっぱり必要なんだろうな、と思いました。
どこかマニュアル的な仕事だと思われがちな工場勤務。でも、そんな仕事だからこそ、人と人との繋がりが、案外新鮮に響いたりするものなんですよね。
あの工場で過ごした数年と、退社後に届いた閉鎖の知らせと、直営店で再会した職人たちの話。どれも、私にとっては忘れがたい時間として、まだ手元に残っています。
編集部より
この体験談の核は、AI化やDXがもてはやされる時代に「機械化されていない=遅れている」という思い込みを、書き手が現場で裏返していく過程にあります。小ロット・OEM中心の中小工場では、量産機ではなく職人の手と目こそが差別化の源でした。その値打ちに気づいた矢先に、合理化を急ぐ新社長への世代交代が起き、工場は閉鎖。皮肉なのは、機械化のために手放したはずの職人たちが、最後は直営店の若手に技術を教えに戻ってきたことです。効率の物差しだけでは測れないものが現場に残っていた——そう読める一本です。
「合わない」「効率が悪い」と感じた職場が、退いた後で見え方を変えることもあります。だからこそ、辞めるかどうかを焦って決める前に、自分がその場所の何に価値を感じ、何に違和感を持っているのかを一度言葉にしてみる時間には、意味があります。
困った時の選択肢
【「この職場は自分に合わないかも」と感じ始めた方へ】
効率や待遇だけで見れば物足りない職場にも、続けてみて初めて見えてくる価値があります。逆に、その違和感が本物のこともある。その見極めは一人だと難しいものです。転職を前提にせず、今の仕事に残る選択も含めて、自分が何を大事にしたいのかを整理したい20〜30代の方には、キャリアコーチングという選択肢があります。
▼ほかの会社・現場の働き方の実情を知りたい方
▼労働条件や働き方に悩んだら、無料の公的窓口へ
・総合労働相談コーナー(労働条件・職場トラブルの相談・無料)

