「このままじゃ、会社に潰される」
1年先輩のTさんが突然亡くなったとき、私は本気でそう思いました。
死因ははっきりせず、噂ではポックリ病。30代の働き盛りで、いつも後輩に「無理するなよ」と声をかけてくれた優しい先輩でした。
これは、大手OAシステム開発会社のプログラマーとして新卒6年5か月過ごし、その先輩の死をきっかけに退職を決意した私の話です。
📌 体験者プロフィール
・年代・性別:20代男性(体験当時)
・業界・職種:大手OAシステム開発会社・プログラマー
・雇用形態:正社員
・企業規模:大企業(従業員1000人以上)
・在籍期間:6年5か月(新卒入社→退職)
・当時の立場・役職:開発担当者(OAシステム商品1製品担当)
・退職状況:退職済み(退職後は田舎に戻り生活)
・体験形態:実体験ベース
・体験時期:就職氷河期世代
※プライバシー保護のため、個人が特定されない範囲で仮名化・一部詳細を変更しています。
OAシステム開発部署に配属された日
私が新卒で入社したのは、OAシステム商品の開発を手掛ける大手企業でした。
入社後3か月の研修期間が終わり、配属されたのがこの開発部署。当時は就職氷河期で、就職できない学生が街にあふれていた時代でしたから、大手企業の正社員として迎えてもらえたこと自体が、まずありがたいことでした。
夢と希望を抱えて、IT業界の最前線に立つ気持ちで配属初日を迎えたのを覚えています。
ただ、その気持ちが揺らぐのに、それほど時間はかかりませんでした。
20種類のOAシステムを、1人1製品担当・フォローなし
私たちの部署が扱うOAシステム商品は、ラインナップが多岐にわたっていました。約20種類です。
そして、開発者の人数も20名。
ここでなにが起きるかというと、1人が1製品を丸ごと担当するという体制になります。
たとえばAというシステム商品は私一人が担当者。設計から開発、デバッグ、工程管理まで、すべて自分ひとりで進めていく。フォローもバックアップもありません。
「わからないことを聞こう」と思っても、隣にいる先輩は別の製品の担当者で、私の担当製品については素人と変わりません。一人で抱えて、一人で解決するしかないのです。
1日の作業は、ただひたすらプログラミングとデバッグの繰り返し。
始業の9時から定時の18時までは当然、その後の残業で23時まで居残るのが毎日のように続きました。
コネ入社の管理職と『遅いぞ!手を緩めるな』の尻叩き
私の上司は、20種類のOAシステム全体の総合とりまとめ役で、課長クラスのポジションでした。配下は当然、私を含む開発者20名です。
上司の仕事は何かといえば、配下の労務管理——要は「サボらず作業しているか」「残業時間が妥当か」をチェックすること。そして、各製品の作業進捗を管理することでした。
ただ、その管理のしかたが厄介でした。
予定より少しでも遅れていると、「遅いぞ! 手を緩めるな」と声を荒げる。さらに進捗が悪い日には「できなければ今日は徹夜だ!」と恫喝のような言葉が飛んでくる。
私は心の中で(何もできないくせに、エラっそに)と半ば馬鹿にしながら作業を続けていました。
なぜそう思ったかというと——私の上司に限らず、ウチの会社の管理職の多くは、コネ入社か親会社からの出向者で、システム開発もプログラミングも全くできない人たちだったからです。
実際の手を動かす技術は知らないのに、上から「遅い」「徹夜だ」と叫ぶ。
技術者として真面目に向き合っていた当時の自分には、その光景は本当にやりきれないものがありました。
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『裏帳簿』と呼ばれた仮の勤務時間表
ここからが、いちばんブラックな話です。
年収自体は当時の一般企業と同等で、特別に低いわけではありませんでした。問題は残業時間の扱いです。
私たちは、実際に作業した時間を残業時間としてメモしておきます。このメモしたものを、内輪で『裏帳簿』と呼んでいた仮の勤務時間表に転記し、毎日上司に提出する仕組みでした。
上司はその20人分の仮の勤務時間表をバランス調整し、最終的に正規の勤務時間表として月末に人事に回します。
ここで何が起きるか——。
実際の残業時間が、そのまま反映されないのです。
上司は「会社には決まった残業時間規制がある」「労働基準監督署から指導が入る」などと説明し、実際の残業時間の20〜30%程度しか正規の表に載せてくれませんでした。
つまり、残りの70〜80%は、ただ働き。サービス残業です。
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『嫌だったらいつ辞めてもいいぞ』と言われた日
明らかに違法な扱いだと感じた私は、同僚何人かを誘って上司に抗議に行きました。
返ってきた言葉は、こうでした。
「嫌だったらいつ辞めてもいいぞ」
「いくらでも余っている人はいるからな」
脅迫とも恫喝ともとれる返事でした。
当時は就職氷河期。就職できずに途方に暮れている学生が大量にいた時代です。「私一人が辞めても、会社は全く困らない」——その現実は、抗議に行った私たち自身がいちばんよくわかっていました。
それ以上、何も言えませんでした。
ただ、上司も馬鹿ではありません。こうした抗議があちこちで上がると面倒だと思ったのか、別の手を打ってきました。
「その月に反映されなかった残業時間は、次の月にシフトしてくれ。来月分に含めて支払うから」
「来月分も反映できなければ、再来月に反映させる。繰越しながら支払っていくから、我慢してくれ」
まさに飴とムチ。嫌な予感はしました。
そして、案の定です。
この約束は結果的に反故にされ、相当数の残業時間がそのままサービス残業へと消えていきました。
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1年先輩Tさんの、突然の死
そんな日々が何年も続いた頃、私がこの会社に本当に限界を感じる出来事が起きます。
1年先輩のTさんの死です。
Tさんはとても真面目で勤勉、そして優しい先輩でした。
ご自身も毎晩遅くまで残業して、心身ともに疲れているだろうに、後輩の私たちにいつも「よく頑張るなあ」「無理するなよ」「たまには息抜きしろよ」と励ましの言葉や優しい声をかけてくれていました。
そんなある日、Tさんの訃報が突然伝えられたのです。
死因ははっきりせず、噂ではポックリ病ということでした。
傍から見ていた限り、過労が原因だろうと簡単に想像できました。ですが、仕事による過労とポックリ病との因果関係を医学的に証明することは難しく、結局はうやむやのうちに収束していきました。
このTさんの件で、少しは会社の方針や対応も変わるだろう——そう期待した同僚も多くいました。
ですが、健康管理に対する一般的な注意喚起があっただけで、何も変わりませんでした。
「会社に潰される」と確信した瞬間
このとき私は、本気で思いました。
「このままここで働き続けたら、会社に潰される」
IT業界は当時、急成長中で、将来に向けての花形産業と言われていました。実際、この業界から若くて優秀な経営者が次々と輩出され、いまも夢と希望に満ちた業界として語られています。
確かに夢も希望もあります。
ですが、その光の裏にはこんなブラックな世界があり、多くの人が悩み、苦しみ、心身を削っている——そんな現実もまた、確かに存在しているのです。
Tさんの死は、私にそのことを突きつけました。
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退職して田舎に戻った今、振り返って
私は、Tさんの死をきっかけに自分の人生を見直しました。
そして、出した結論はシンプルです。
仕事も何も、健康が一番。
この会社は辞める。田舎に戻り、心豊かで健康的な生活を送る。
退職を決めた日のことは、今でもよく覚えています。これが正解だったかどうかは、神のみぞ知るというところでしょう。少なくとも個人的には、賢明な選択だったといまも信じています。
田舎に戻った私は、都会の喧騒や深夜まで続く開発業務とは無縁の生活を手に入れました。
収入は減りました。キャリア的な「肩書き」も失いました。
でも、夜は眠れるようになりました。朝起きたときに「今日も生き延びた」とは思わなくなりました。
それだけで、十分すぎる対価だと感じています。
これからIT業界を目指す人へ
最後に、これからIT業界に飛び込もうとしている人へ伝えたいことがあります。
IT業界に限らず、会社によってはホワイトな一面を持つ会社もあれば、ブラックな一面を持つ会社もあります。これはどの業界・業種にも言えることですが、特に花形産業と呼ばれるIT業界では、その差が顕著に目立っているように感じます。
私は、夢や希望を持って好きなIT業界に入り、頑張ること自体を否定するつもりは全くありません。
ただ、一番大切なのは自分の身体であり、健康です。
これを妨げる事態が起こったときは、無理をせず、一度立ち止まって自分の進退を考えてみることも必要です。
辞めることは敗北ではありません。
健康な体と心があれば、また別の場所で挑戦できる。Tさんは、それを身をもって教えてくれた先輩でした。
編集部より
この記事の重さは、構造的な無理が人の命に届いてしまった点にあります。20種類の製品を20人が1人1製品で丸抱えし、フォローもバックアップもない。技術を知らないコネ・出向の管理職が「徹夜だ」と尻を叩き、実際の残業は『裏帳簿』で2〜3割しか正規に反映されず、残りはサービス残業へ消える。抗議すれば「嫌ならいつ辞めてもいい」——氷河期で代わりはいくらでもいる、という前提が、声を封じていました。そんな中で、いつも後輩に「無理するなよ」と声をかけてくれた1年先輩が、過労とみられる形で突然亡くなる。それでも会社は変わらなかった。「健康が一番」という結論に、これ以上ない説得力があります。
仕事のために健康や命を差し出す必要は、決してありません。「会社に潰される」と感じたら、それは立ち止まるべき重要なサインです。働き方の問題は一人で抱え込まず、まず誰かに——信頼できる人や、下記の窓口に——状況を言葉にしてみてください。
困った時の選択肢
【限界なのに「辞めたい」と言い出せない方へ】
「いくらでも代わりはいる」と言われるような職場では、辞めると伝えること自体が難しくなります。そんなときは、本人に代わって退職の手続きを進めてくれる退職代行という選択肢があります。「男の退職代行」は、会社と直接やり取りせずに辞められる男性向けのサービスです。心身が限界に来る前に、まず無料で相談できます。
そのほか、状況に合わせて選べる窓口です。
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